【薬局・ドラッグストアの薬剤師の未来予想図】第1回 序章 薬学部は出たけれど……

2013年5月1日 (水)

薬学生新聞

サンキュードラッグ代表取締役社長
平野 健二

平野健二氏

 「薬剤師は余り始めて就職が厳しくなると聞いていたけれど、意外に引く手あまたじゃない?」「そうは言うけど、ネットで販売自由化されたら薬剤師はいらなくなるかも」「6年制になって時間もお金もかかった割には薬剤師の待遇は変わらない」etc etc etc…いったい本当のところ、私たちの将来はどうなるの…こんな心配を抱えている薬学生が実は多いのではないでしょうか。

 過去を振り返ってみると、「求められる薬剤師像」は20~30年周期で変わってきています。

戦前~1960年

 (背景)ドラッグストアはもちろん、スーパーマーケットもホームセンターもなく、医薬品のみならず化学合成薬品(石鹸や塗料)まで、薬局が唯一の取扱店舗だった。国民皆保険はまだなく、医療機関を受診する際には、費用の心配をしなくてはならなかった。

 (薬剤師)かぜを引いたら、まずは薬局に行くのが当然。薬以外にも様々な相談に応じ、町の科学者として尊敬される時代。経済的にも安定。

1961~80年

 (背景)国民皆保険が施行され、定額・低負担で医療機関を受診できるようになり、薬局の客数は激減。チェーン小売業も次々に出現。

 (薬剤師)価格維持等の保護のもと、客数減少を補うため、推奨販売によって客単価を上げられる薬剤師が貴重な存在。

1981~00年

 (背景)医薬分業が急速に進展。国の経済的誘導で利益を享受し、薬剤師不足から給与も高騰。他方、ドラッグストアも急速に出店し、出せば儲かる状況。

 (薬剤師)調剤薬局においては「調剤(薬を混ぜて出す)さえできれば」、ドラッグにおいては「資格さえあれば」就職には事欠かず、薬務巡視対策優先で資質を問われない「留守番薬剤師」も出現。

21世紀

 (背景)人口減少+高齢化によって医療財政が逼迫し、調剤報酬は引き下げに向かう。

 ドラッグストアは市場飽和で収益性が低下。資格者の調達と人件費抑制を睨んで薬事法改正が行われ、登録販売者制度がスタート。

 (薬剤師)6年制に移行し、より高い専門性を期待されるも、職能として認められる業務内容は従来と変わらず、さしたる待遇改善もない。

 皆さんと直接関係しない過去の歴史を振り返った意味をお分かりいただけるでしょうか。

 薬剤師の地位は決して薬剤師の知識や技量だけで決まるものではなく、むしろ社会や経済環境の中でまずは薬局の姿が決まり、次に他の専門職(プロフェッション)や従業員との役割分担の中で求められる薬剤師像が決まってきたのです。

 ある時代にベストフィットした薬剤師は、得てして次の時代の到来や変化に気づかず、あるいは対応に乗り遅れた薬剤師はその後不遇の時を過ごすことになりました。業界のトップ企業が10年周期で入れ替わっていくのも、同じような理由です。

 薬剤師が今の役割に安住するならば、人口減少・経済縮小~医療費抑制の中で薬剤師は余り始め、待遇も低下するでしょう。一方、たとえ全体がそうなったとしても、これから起こる社会的経済的変化を正しく認識し、そこで担うべき役割を果たせる薬剤師には、必ず活躍の機会が訪れます。

 ちょうど今は、数十年に一度訪れる社会構造の変化の時に当たり、医療全体のチームの中で薬剤師の役割を拡大するチャンスがあります。自ら将来を見通して「われわれが身につけたこのような技量は、地域や国民生活の改善にこのように役立つのですよ」と訴え、認めてもらうことによって、自らの価値を高めることも必要です。30年後に薬剤師の地位向上を果たせるとしたら、まさに今、そのための準備を始めた人たちが、そのリーダーになれるチャンスを握っているのです。

 アメリカで薬剤師が数十年にわたって「信頼される職業No.1」であったことは皆さんもご存知かと思います。彼らの平均年収は1000万円を超えています。なぜ、彼らはそのような地位を確立できたのでしょうか。調剤だけを見れば、処方箋枚数は大幅に増えましたが、粗利益率はこの30年間で35%から20%以下に低下しているのです。

 80年頃、ワシントン州シアトル近郊の薬剤師グループは、インフルエンザの予防接種率が低いことに着目し、開業医のアクセスが難しい(アポが取れない+コストが高い)ため、薬局でやれば社会に貢献できると考えました。彼らは看護学部で注射の資格を取ることから始めました。薬局で予防注射を行うことで接種率が上がり、罹患率が下がり、死亡者数も減少しました。もちろん医療費も下がりました。

 血圧のモニタリングやバイタルサイン、薬物血中濃度管理についても、薬剤師が医療チームの中でどのように貢献できるかを理解してもらうように働きかけました。並行して1つひとつ、6年制のカリキュラムに加えていきましたが、実はこのような働きかけと実績づくりは既卒の4年制薬剤師が中心になったことも忘れてはなりません。12年、ついに最後まで残ったニューヨーク州で薬剤師が予防注射を行えるようになりました。最初に認められたワシントン州から実に32年を要したのです。

 日本でアメリカと全く同じことが起こるとは限りません。担うべき役割は、保険制度、医療資源(医療機関・医療人)の質と数、社会環境(人口動態)、経済環境によって異なるのが当然だからです。ただ、今と将来の環境の中で「自分たちに何ができるか」を真剣に考え、社会に訴え、認めてもらえない者にチャンスなど来るはずがありません。技量を磨きつつ、その時が訪れるのを待つことも必要です。

 今後の連載では、まずは社会・経済の流れから薬局の将来像を考え、次に薬剤師の果たすべき役割、そのための技量・資質を議論していきたいと思います。また、ネット問題等の時事問題についても織り込み、皆さんが起こすべき行動を考えてまいります。


プロフィール

 1959年、北九州市門司区生まれ。一橋大学商学部を卒業後、サンフランシスコ州立大学でマーケティングを専攻(MBA取得)。帰国後、大手医薬品メーカーを経て、85年サンキュードラッグ入社。03年から代表取締役社長を務める。11年4月に北九州市立大学非常勤講師。自著「これからのDgs・薬局ではたらく君たちに伝えたいこと」(ニューフォーマット研究所)を11年に発刊。



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