第5回 世界の薬局・薬剤師

2016年9月1日 (木)

薬学生新聞


新潟薬科大学健康推進連携センター教授
小林 大高

日本の分業草創期を支えた知的源泉・デンマーク

 われわれの世代(40代)の薬剤師が「デンマーク」と聞いても何も感じることはないのですが、日本の分業草創期を築いた世代にとって「デンマーク」という響きは、医薬分業の先進の地であり、分業への叡智を与えてくれる理想郷だったようです。

 この世代の方々のデンマークへの思いは、私のような米国の臨床薬学ブームにかぶれた大学教員の教育を受けた世代には全く理解ができないものです。この世代の方々と一緒に海外に同行する機会に恵まれると、デンマーク薬剤師会のことを敬愛の念を持ちながら「デン薬」と略して話す老翁もおられ、事情が分からない者からすると、何を話しているのかさっぱり分からないこともありました。

 ここまで愛着を持って語られるデンマーク薬剤師会と日本との関係は、東京都文京区にあった老舗薬局に集った薬剤師らが、デンマーク薬剤師会が所有する“薬局実務を実地に学ぶ研修施設”「Pharmakon」に(超)短期留学し、デンマーク流の医薬分業を直に学んだのが始まりといわれています。

 今回は、医薬分業の知的支柱となったデンマークの薬剤師と薬局の落日についてまとめてみたいと思います。

薬学の発展に寄与するPharmakon

 デンマークの薬局は、世界を先取りした政策を実現するための職能基盤整備を「デン薬」が中心になって進めてきました。「デン薬」が優れていたのは、人材育成に力を入れたことでした。斬新なアイデアによる新サービスを始めるにしても、それを実行する薬局と専門家が必要となります。専門家となるべき人材の育成にも、大学ではなく、職能団体である「薬剤師会」が自ら進んで取り組んできたのです。その集大成となる教育研修施設が先述した「Pharmakon」でした。

デンマーク薬剤師会が設立した高等教育機関(教職員数約130人、550人の調剤助手を目指す若人が併設される寮に共同生活をしながら薬学教育を受ける)

デンマーク薬剤師会が設立した高等教育機関(教職員数約130人、550人の調剤助手を目指す若人が併設される寮に共同生活をしながら薬学教育を受ける)

表:デンマークの薬局の従業員数(2012年)

 Pharmakonは、Danish College of Pharmacy Practiceと英文で訳されており、まさに薬学実務を学ぶために設立された高等教育機関なのです。主として、調剤助手である“テクニシャン”の養成を担っていますが、薬剤師の卒後教育にも力を入れています。臨床経験が乏しくなりがちなコミュニティー薬局の薬剤師向けに、薬局実務をベースにした職能開発教育プログラムを開発提供したり、薬局経営者や管理者向けのマネジメントコースを提供したり、薬剤師の5倍以上も現場で働いている調剤助手に薬剤師並みの専門能力を付与させるための上級コースの提供など、薬局と薬剤師の能力開発の中心として活動しています。

 また、薬剤師の治療介入によるアウトカム研究やアドヒアランスと治療効果の実証研究など「薬局の社会的価値」を示すエビデンスとなる研究活動もPharmakonを中心にして行われているのです。

在宅医療は他職種支援が基本

 Pharmakonが力を入れている研究活動の1つに在宅・施設ケアにおける薬剤師の介入研究がありました。わが国では、在宅や施設に薬剤師が直接出向いて、残薬チェックをして、生活指導や服薬指導をしたりするのが普通です。しかし、デンマークでは全く違った形で薬剤師による在宅医療支援が進んでいます。

介護施設での介入研究について説明するRossing氏(研究開発部長)

介護施設での介入研究について説明するRossing氏(研究開発部長)

 この方向性を決定づけるような研究をしたのがPharmakonのグループでした。介護施設入居者を対象にした服薬ケア向上を目指した介入研究で、施設のケアスタッフを対象にして服薬ケアスキルアップのための研修を実施することで、どれだけスタッフの自己効用感が向上し、同時に入所者の服薬ケアが向上するのかを検証したものでした。この介入研究は大成功に終わり、結果的に薬剤師が直接的に介護ケアに参入するのではなく、介護スタッフを後方支援するという間接的な方法がとられるようになりました。

 デンマークでは、現場のスタッフが薬学的問題の発見に寄与できるように、薬剤師による介護スタッフ向けの研修プログラムが開発されています。介護・看護職に服用状況を把握し記録する「観察手法」を習得してもらうことで、介護スタッフと薬剤師が「服薬状況」という問題意識を共有できるようにして、各々の専門家の視点から「服薬ケア」向上のために対話連携を深めるという仕掛けなのです。

 この仕掛けは巧妙であって、他職種間連携を促進させる効果がありました。介護スタッフの観察記録が充実してくればくるほど、薬剤師が専門的にアドバイスできる幅も広がるからです。そして「服薬ケア」を通して、職種間の専門的な対話が活性化されることになり、相互に信頼関係を深めることになったといわれています。

薬剤師不要となってしまったデンマークの薬局のこれから

薬剤師が2つ以上の薬局を管理できるようになったことを説明する薬局オーナー。デンマークでは白衣を着用しない薬剤師も増えているという。数が増えたから調剤助手にもポジションを与えるべきという言葉に理解を示しつつも、薬剤師の未来が気になる著者でした

薬剤師が2つ以上の薬局を管理できるようになったことを説明する薬局オーナー。デンマークでは白衣を着用しない薬剤師も増えているという。数が増えたから調剤助手にもポジションを与えるべきという言葉に理解を示しつつも、薬剤師の未来が気になる著者でした

 このようにして、世界に範を示すような施策を実証的に示してきたデンマークですが、2015年から薬剤師の衰退につながりかねない制度がスタートしました。薬局に薬剤師が不在でも調剤を含めた医薬品を販売できるという制度であり、具体的には1人の薬剤師が複数店舗を管理することが可能というものです。

 この制度を説明してくれた薬剤師は、デンマークの首都コペンハーゲンでも1~2位の売上を上げる薬局の管理者なのですが、彼の店舗には、彼以外の正職員としての薬剤師は勤務していません。彼はこの薬局以外に郊外にもう1店舗薬局を開局していますが、そちらの薬局にも他の薬剤師は勤務していません。形式的には、彼が管理していることになりますが、実地には、勤務経験豊富で研修をしっかりと受けた調剤助手が現場を管理しているといいます。

 彼によれば、「調剤助手のキャリアマネジメントも考えないといけない時代になってきた。これだけ増えているのであるから薬局長を調剤助手がやってもおかしくないのではないだろうか?私の経験で、日々の医薬品販売業務で、薬剤師を必要とするような場面というのは、週に2~3度くらいしか起こらない。であれば、薬剤師が複数店舗管理できないことはない。われわれの国の調剤助手は優秀であって、彼らに任せるのは時代の趨勢だ」と力説しました。

 かつて、あれほどまでに日本の薬剤師があこがれを持って語っていたデンマーク薬学が、世界に先駆けて調剤助手に薬局の運営権を易々と譲渡してしまう姿は、私にはショックに感じました。薬剤師が自らを自己否定しているわけでないとしても、薬局に薬剤師がいなくても良い理由ができてしまえば、それは最終的に薬剤師不要論につながるのではないかと心配でなりません。

 みなさんはどのようにお感じなられましたでしょうか?



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