【慢性期医療と薬剤師】No.6 理想の薬剤師像は慢性期にあり!?

2016年9月1日 (木)

薬学生新聞

宇野病院薬剤科長
有木 寛子

 慢性期医療(以下慢性期)に関わる薬剤師は一体何をしているのか、急性期医療(以下急性期)での薬剤師の業務と大きく変わらないのであれば、最先端の医療に関わる方が良いのではないか、などと疑問を持つ薬学生もいると思います。実際に、医療系のTVドラマなどは急性期、それもERなどの高度急性期を舞台にしたものが多く、慢性期に関する話題はたまにNHKなどで取り上げられる程度です。さらに薬剤師の姿はほとんど出てきません。薬学生が実習に行く病院の多くも急性期病院が多いため、慢性期で働く薬剤師の具体的な姿は思い浮かばないと思います。そこで「慢性期医療と薬剤師」の最終回である今回は、実際に私自身が関わった具体的な症例に沿って、慢性期で薬剤師がどのような役割を発揮しているのかを紹介します。

食欲不振の高齢女性

 私の勤務する医療法人鉄友会宇野病院は、愛知県の中ほどに位置する人口約38万人の岡崎市にあり、西三河南部東医療圏に属しています。病床数は180床。今年で開設55周年を迎えます。療養病棟2病棟(65床)、一般病棟1病棟(60床:うち地域包括ケア病床12床)、回復期病棟1病棟(55床)のケアミックスの病院です。

 さて、そんな当院に昨年11月末、徐々に食欲が低下して外来を受診していたN.Mさん(89歳女性)が、脳梗塞後遺症の増悪や栄養失調によって一般病棟(急性期)に入院。薬剤師として私が関わることになりました。入院時の持参薬は、三環系抗うつ薬「プロチアデン錠」、抗血栓症薬「クロピトグレル錠」、Ca拮抗薬「アムロジピン錠」、SSRI「パキシル錠」でした。剤数は多くないのですが、服用を嫌がる様子が見受けられました。

 入院後、N.Mさんの食欲はさらに低下してしまいました。12月4日には主治医によって、抗精神病薬「スルピリド錠」、虚弱・食欲不振に効果がある漢方薬「六君子湯」の2剤が追加されました。1週間後には一旦食欲を取り戻し状態が安定したため、療養病棟へ転棟となりました。

多職種による病棟回診(左が著者)

多職種による病棟回診(左が著者)

 12月11日には、持参薬から当院処方へ切り替えました。同一薬は採用していなかったため、2剤を同効薬に変更。その時の処方は、三環系抗うつ薬「トリプタノール錠」「クロピトグレル錠」「アムロジピンOD錠」、SSRI「ジェイゾロフトOD錠」でした。

 その後1週間が経過し、状態に大きな変化はありませんでしたが改善もなく、食欲不振は進行していました。そこで私は、SSRIを中止し、意欲に対してより効果が高いSNRI「サインバルタカプセル」に変更することや、効果が類似している「トリプタノール錠」の中止を医師に提案。一旦効果は見られたものの食欲不振は改善せず、今年1月7日には「サインバルタカプセル」を常用量へ増量するよう提案しました。しかし、これらの効果は薄く、1月15日には食欲不振に伴う嚥下機能低下によって、内服薬が口腔内に溜まるようになってしまいました。

内服薬一時中止で改善

 いろいろ試みましたが薬剤の効果は薄いようでした。そこで私は看護師に「一度精神病系の薬剤を中止してみたい。その場合状態がさらに悪化するかもしれない。ケアを頼めますか」と相談しました。看護師からは「大丈夫ケアは任せて。改善しないのであれば何か良い方法をしてあげたい。口の中に薬が溜まることも多くなったし、誤嚥も怖いので止められないかと思っていた」との返答を得ました。医師からも「改善が見られないためどうしたらよいか、何か良い案はないか」との相談があったため、「薬の中止を視野に入れてはどうか、看護師も協力してくれます」と提案しました。

 食欲不振に加え、嚥下機能がさらに低下したため、1月22日には食事と全ての内服薬が中止されました。医師から嚥下訓練強化の依頼を受けた言語聴覚士は、看護師と共に嚥下マッサージを続けました。すると内服薬を中止してから数日で徐々に活気が出て、1週間後には発語がありました。この変化には看護師、介護士、言語聴覚士、さらにはご家族も驚きました。

 3週間後には食事と内服薬を再開。その際、嗜好食や形状を工夫できないかと管理栄養士に相談し、好きなゼリーを少し多めにしてもらいました。降圧薬は、嚥下機能向上に効果があるACE阻害薬「タナトリル錠」へ切り替えを提案しました。

 その後、食欲はさらに向上し、点滴も終了。会話も徐々に増えました。大きい錠剤や量は服用しにくいため、再梗塞予防目的で「クロピトグレル錠」から少量アスピリンへの切り替えを提案しました。2月15日には無事自宅へ退院となりました。

情報集約、方針共有の要に

チーム医療を形作るスタッフ(中央下が著者)

チーム医療を形作るスタッフ(中央下が著者)

 この1例でも分かるように、チーム医療で大切なものは連携です。様々な職種がそれぞれ患者に良いと思われることを医師に提案、報告するだけでは最良の医療は提供できません。一旦中継地点に情報を集め、それぞれの専門分野のスタッフを同じ方向に導くことが大切です。

 医師の回診が頻回に行われない慢性期ではそれを病棟薬剤師が担うことが多く、情報をとりまとめて医師に提供します。スタッフ数が多くはない慢性期では情報共有は容易であり、それぞれの専門的意見を収集し、最善な治療はどういったものが良いかを皆で考えることができます。薬剤師はその重要なポジションに立っているのです。慢性期の薬剤師もなかなか楽しいものですよ。

おわり



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