新潟薬科大学健康推進連携センター教授
小林 大高
職業人としての矜持を教えてくれた「ドイツ」の想い出
最終回は、私の職業人としての「心構え」を醸成してくれた1990年代ドイツのことを紹介したいと思います。
最初は、2カ月ほど働かせてもらったHeidelbergのKur-Pfaltz薬局です。この薬局は、薬剤師の常勤職員はたった1人で、あとは夜勤と繁忙期専門の大学院生とパートの薬剤師が1人ずつという薄いシフト構成でした。薬局オペレーションは、常時3人在籍していたテクニシャンに頼っていました。この薬局ですが、初日に言われたのが、「何があってもサービス品をあげるのを忘れないこと!」でした。
当時のドイツではあまり一般的ではなかったのですが、この薬局では、毎回、シャンプー、ティッシュ、文房具などのサービス品を配っていました。これは顧客の心をつかんでいたようで、レジが空くことがないほどに忙しい薬局でした。私にとっては、この薬局での体験は衝撃的で、それまで持っていた医薬分業の先達ドイツなんていうイメージはガタガタに壊されてしまいました。当時感じたことをそのまま書くとすれば、「ただの小売業にすぎない薬局の現実を見せつけられた」体験だったのです。
ただ、そんな薬局にあって、1人しかいない薬剤師の専門職としての意識の高さにも驚かされました。薬剤師は、パートであれ、常勤職員であれ、常に専門誌を学習していました。そして何よりも驚いたのが、常勤となっていた薬剤師の責任感の強さであり、1日400枚近かった処方箋を必ず全てチェックして、何か問題を見つければ、すぐに自ら対処している姿でした。
また、彼はそんなときに決まって「われわれ(薬剤師)は、テクニシャンに見えないものを見つけられる専門的な「深さ」を持っている。それを使うことで職務を果たしている」と力説しました。薬局の形はどうであれ、薬剤師は薬剤師として働くことに意義があるということを教えてもらった気がしています。
そして、こんな商業中心主義の薬局と対極に位置する薬局もありました。ドイツとオーストリア国境の人口8000人に満たない小さな街BerchtesgadenにあるSt.Antonius薬局です。1日250枚程度しか処方箋はないのですが、常勤薬剤師3人、薬剤師実習生1人、非常勤薬剤師2人、テクニシャン3人という構成で、薬剤師の厚い人員配置になっていました。
プロに徹するためにも、一人ひとりの顧客に丁寧に向き合うことが求められ、何気ない会話でありながら、顧客の健康状態をチェックするような会話をしながら調剤をしたり、医薬品販売をしたりすることをテクニシャンから薬剤師実習生まで徹底していました。したがって、私の語学力もそれなりに問題となり、分かったふりは絶対にせず、理解できなかった時は理解できないとはっきりと主張するように何度も怒られました。分からないことをそのままにしていたら、決してプロにはなれないと言われているようでした。
この薬局では、終業後の処方箋チェックは、薬剤師ではなくテクニシャンが実施していました。これは、「優秀なテクニシャンは、薬剤師よりも優れているし、事務的なことはテクニシャンに任せたほうが効率的」というオーナーの考え方によるものでした。しかし、専門職である「薬剤師」が最終判断するものという考え方は徹底していて、チェックはテクニシャンが行ったとしても、必ずその内容を薬剤師に報告させていました。一見すると無用な手続きに見えるのですが、こういう手続きをおろそかにしないことの大切さを感じました。
また、患者との向き合い方も、常にプロとしての誇りがありました。何事も、決して医師や政府の責任にすることなく、自らの言葉で説明する努力をしていたのです。例えば、ジェネリックの変更にしても、ただ国の方針と言えばいいのかもしれませんが、時間が許す限り、なぜジェネリックに変更しなければならないのかということを自分なりの言葉で説明するようにしていました。
確かに、何事にも自分の意見を主張することが求められているドイツ社会ですから、「国民性」であって「職業的なプライド」とは関係ないという見方もあるかと思いますが、自己主張するためには、そのエビデンスを固める必要があり、そのエビデンスを固める薬剤師の努力の中に職業人としての矜持を感じたのでした。
ドイツでは、調剤はパッケージ調剤が基本となっているので、処方箋を受け取るとあっという間に薬が揃ってしまいます。日本のような、お薬手帳も薬剤情報提供書のようなものもありませんし、当時の社会保障制度のもとではカウンセリングをしても全く評価されませんでした。ある意味では、処方された薬剤を取りに行って渡すだけで終わってしまうことも可能でした。
そうなると、袋詰めすらしていないので、ただ薬剤を「取りに行く」だけの仕事と見られかねない状況でありました。しかし、そういった厳しい批判が目立っていなかったのは、一律に薬剤情報の提供をすることはなくても、困ったときに相談をすれば、プロとしての意見を聞ける信頼できる「薬の専門家」として認知されていたからだと思います。
こうした信頼は一朝一夕に広まるものではありませんが、目に見えない努力を重ねることで少しずつ根付いていくものだと思います。ハイデルベルクの薬局でも、薬剤師であるということに誇りを持って仕事をしている薬剤師がいました。モチベーションを維持していくのは簡単なことではありません。ただ、プロとしての意識を失わないだけでも、少しずつ日々の業務に違いが出てくるような気がしてなりません。そんなプロ意識の高い薬剤師を目指してみてはいかがでしょうか?
小さな違いの積み重ねが、数年して大きな財産として自分に返ってくるということをドイツの薬剤師は教えてくれたような気がしています。
(おわり)