人と人とをつなぐ仕事
「医薬品の安全性は私が守る!」と話す薬学卒の頼もしい女子が登場した。協和発酵キリンの信頼性保証本部ファーマコビジランス部に在籍する戸田麻里奈さん。大学で医薬品情報学を専攻し、そのときに思い描いた「安全性のプロになりたい」という未来予想図への挑戦は、現在進行形で続いている。「どうやったら医薬品を安全に使ってもらえるか」と苦心しながら、集められた膨大な医薬品情報をもとに、様々な部門と協力し、医療現場、その先にいる患者に大事なメッセージを届けている。難産の末に生まれた新薬を、多くの人たちに使われる医薬品に育てていくファーマコビジランス業務において、戸田さんがとりわけ意識するのは、人とかかわりながら仕事するというチームワークだ。
“薬害をなくしたい”‐大学時代の研究が原点
慶應義塾大学の研究室で医薬品情報学を専攻していた学生時代が原点。OTC医薬品の添付文書が一般の人たちにどこまで理解されているかを研究テーマに、アンケート調査を実施したころ、医薬品を正しく服用してもらうための添付文書が、情報の受け手である患者に分かりづらい内容になっていた実態を目の当たりにした。
患者目線に立った情報発信が必要ではないか――。こうした問題意識から、市販後に医薬品の有効性や安全性情報を収集・評価し、医療従事者に医薬品を正しく使ってもらうよう情報提供するというファーマコビジランス業務に興味が沸いた。開発に多大な時間をかけて、病気で苦しんでいる患者を救うために世に出てきた新薬。どんな薬にも効果と副作用という光と陰があり、販売後に、本来使ってはいけない患者に投与したり、使い方を間違えたりすると、思わぬ副作用を引き起こしてしまうこともある。
新卒の募集枠が少ないファーマコビジランスで、「駄目だったら仕方ない」と一念発起し、狭き門をくぐり抜け、協和発酵キリンに採用された。様々な製薬企業から説明を受ける中で、「誇りを持って仕事をされているという印象を抱いた」という。入社したばかりの若手であっても、積極的に仕事ができる環境が感じ取れるような「先輩社員の雰囲気」が決め手だった。
現在は、中枢領域のパーキンソン病やてんかんを対象とした上市医薬品と治験薬の安全性監視業務を担当している。医療現場や社内の各部門など、様々な人たちとかかわり、医薬品の安全性情報に関する一連の業務を担う。動物試験を行う非臨床試験、臨床試験、営業・マーケティング、病院や薬局、患者と多方面から情報が集まり、それぞれにフィードバックする。医薬品の安全性情報管理計画を立案・実行・改善し、医療現場と製薬企業の様々な部門をつなぐ仕事だ。
自社医薬品の添付文書の改訂に携わった。医療現場に説明するMR向けの解説書には、患者目線で分かりやすい情報になっているかをくすり相談室や営業・マーケティングと話し合い、また問い合わせに対応するためのQ&Aの作成も、臨床や非臨床の開発部門と協力して専門的な見地から分かりやすい内容に仕上げる難しい仕事をやり遂げた。
「私が説明した内容が、全て患者さんに伝わっているという意識を持って仕事に取り組んでいます」と戸田さん。緊張感と責任感で背筋が伸びる毎日だが、それが達成感にもなる。腎領域の薬剤に関して、医療従事者から「投与から副作用発現するまでの日数や、そこでどんな対応をすべきか、情報があれば至急教えてほしい」という依頼がMRを通じて入った。医療はスピードが勝負で、患者にとっては1分1秒が重要な時間。蓄積した医薬品情報から問い合わせへの回答となる情報を探し、即日で対応した。MRから「ありがとう」と感謝され、医療従事者からは「対応してくれて本当によかった」というねぎらいの言葉があったという。
「社内で仕事をしているため、医療現場の人たちが感じている疑問や課題を共有するのは難しいところもありますが、他の部署から私たちが実施した活動に対する反応を聞いたときには、『ああ、皆さんとつながっているんだ』という気分になれます」。今ではファーマコビジランスに従事していることを誇りに思っている。
長期休暇には海外旅行‐父の言葉が大きな支えに
仕事から離れると、友人や家族との憩いを楽しむようにしている。同じ部署の同僚とは、「焼肉部」の活動にいそしむ。開催されるのは、重要な事案が終わったときや目標を達成したとき、29日(にくの日)。仲間と焼肉を食べてお酒を飲み、一緒に喜びを分かち合う。翌日からの仕事の活力にしている。
休日には、友人や家族と旅行に出かけることも。特に友人と行ったバリ島はお気に入りの場所で、今年は親子で水入らずの休暇を過ごした。尊敬する父からの教えを忘れない。「普段はああしろ、こうしろとあまり口出ししないのですが、『人とのつながりを大事にしろ。飲み会の誘いを受けたら絶対に断るな』という言葉は、胸にしっかりと刻まれています」。仕事でもプライベートでも、コミュニケーションが大事なキーワードであり、今では彼女の立派な武器だ。
入社4年目となった現在、後輩の指導という役割も加わった。「いろいろな経験を持った方が在籍していますが、私のように新卒で入社した人間も多様性の一部として受け入れてくれる」という恵まれた環境を理解している。だからこそ、「後輩をチューターとして見させてもらっていますが、彼女のバックグラウンドを大事に、『私には考えつかないアイデア』を持ち合わせていることを忘れず、業務にあたってもらうことを考えています」と言う。
不安も多いはずの薬学生には、こんなエールを送る。
「私も大学時代、朝から夜まで研究ばかりやっていて、本当に将来大丈夫なのかと時には不安になることもありましたが、一つひとつ地道に丁寧にやっていくことが大切だと自分に言い聞かせて、就職活動に臨んだ結果、面接では研究室で自分がやってきたことを堂々と話すことができました。皆さんにもいろいろなことに挑戦してほしい」。彼女らしい言葉で締めくくってくれた。