
薬局業務の効率化を促すサービスなどを提供するベンチャーIT企業「NeoX」の経営企画部でマーケティングを担当する須永賢太さんは、ユーザーである薬局の声を聞き取り、薬剤師の視点からサービス改善やPRなどに取り組んでいる。薬局薬剤師、市販薬の通信販売を行うベンチャー、動画制作の個人事業主として勤務した経験から、須永さんは「薬剤師が会社員でも経営者として働いても良い。終身で一つの場所で働くという固定観念にとらわれずに柔軟に考えても良いのでは」と薬剤師の新しい働き方を体現する。
IT企業でマーケティング担当‐薬剤師の視点でサービス改善
NeoXは人工知能(AI)を用いて医療現場の課題解決につなげるサービス等を提供している。その一つである「AI-OCR処方箋自動入力システム・薬師丸賢太」では、薬局のスキャナーで処方箋をスキャンしてAIが文字や記号を解析し、デジタルデータ化して薬局のレセコンに自動送信する。そのため、処方箋の入力業務が自動化されて事務作業の負担を軽減し、薬局業務の効率化を後押ししている。

現場でユーザーの声を聞き取り改善につなげる
読み取り精度は99%に上り、サービス開始から約3年間で5000店舗以上の薬局で導入されている。高精度の実現には須永さんらマーケティング部門が読み間違いや不具合報告を現場から聞き取り、開発部門での改善につなげてきた背景がある。今年に入社したばかりの須永さんだが、サービスの紹介動画制作、導入企業のインタビュー記事執筆、営業資料作成などマーケティング業務の多くを担っている。
薬局向けサービスの強化方針から、同社の薬剤師求人に応募して入社した須永さんは、「商談に当たり、薬剤師であることが信頼獲得につながっている面もある。社員から薬局での事例やニーズを問われた際にも回答しており、結果的にユーザーの安全担保にもつながっている」と求められる役割を語る。
同サービスの導入店舗数増のほか、処方箋読み取りから受付・調剤まで薬局全体の業務をシームレスにつなぐサービスの普及も目指す一方、「導入店舗数増加に伴い、予期しない不具合が生じることもある。信頼構築に向け、マイナス要素をゼロにすることが大事」と気を引き締める。
起業家との出会いが転機に‐固定観念に縛られない働き方
2016年に昭和薬科大学薬学部薬学科を卒業後、医療現場を知りたい思いから須永さんは大手チェーン薬局に就職し、約3年間にわたって処方箋応需枚数が比較的多い店舗で勤務した。薬局業務については、「薬学生時代から実務に関するイメージは持っていたが、薬剤師としての心構えは現場に出なければ分からなかったことが多い。患者に不具合が起きた場合にどう対応すべきかという医療従事者が持っていなければならないマインドが勉強になった」と振り返る。
他方で、「定年まで調剤業務をしているイメージが湧かず、続けるべきか悩み、人と異なることをやりたかった」との思いも抱いていた。当時はITベンチャーが注目されており、須永さんもベンチャーで働くことに関心を持っていた。ただ、未知の分野に飛び込んでも通用するかどうかは不透明と考え、薬剤師免許を生かせる転職先を探し、市販薬の通信販売等を事業とするベンチャー「ミナカラ」に19年に転職した。
同社の創業者で、薬剤師の喜納信也さんからベンチャー業界に関する話を聞いたことが入社の決め手となり、マーケティング部門で主に医療関連記事の執筆を担当していた。「記事内容が読者のためになるか、法的に問題ないかを判断する上で、現場で培った考え方は必須だった」と、薬局薬剤師の経験が生きたことを実感した。エンジニア、デザイナーなど多職種が協働する職場でも、医療従事者の知見がなければ表現できない書きぶりもあり、「非医療従事者である読者に伝える上で、医療従事者の知見は記事の質を担保する。薬剤師を雇用している利点となっていた」という。
須永さんは喜納さんの存在がその後の働き方を考える上で分岐点になったとし、「薬局や病院で勤務しなければならないとの固定観念に縛られている薬剤師が多い中、縛りなく働くことを体現できている人がいた。私もそのマインドを心に刻んでいる」と語る。

個人事業主として動画編集する様子
薬局薬剤師からミナカラに転職するまでの1カ月間、フィリピンに語学留学しており、卒業制作を提出する必要性に迫られた。その際、CM制作に取り組んでいた同級生と共に動画撮影をしたことがきっかけで、須永さんは動画制作に関心を持った。同級生や現地の観光地を紹介する動画から始めた。「ほぼ独学で制作のノウハウを得たが、好きで始めたことなので苦ではなかった」とし、趣味の延長で始めた動画制作が副業として収入を得られるまでになった。ミナカラ在籍時に起業意欲が高まり、動画制作の個人事業主としての活動を始めた。
撮影から編集まで全プロセスを一人で担い、企業のプロモーション動画等を提供した。個人事業主として心がけていたこととして、「自分の目で満足できるものしか提供しなかった。時間がかかる場合は依頼者とのコミュニケーションは欠かさなかった」とした上で、「良い動画から勉強するなど制作のセンスは後天的に得られるものと考えているので、動画の質はセンスのせいにしないよう注意していた。視聴した8~9割の人が良いと言ってもらえるものでなければ仕事は受けないようにしていた」とポリシーを語る。成果報酬による働き方に不安を感じることもあったが、「限界突破することがかっこいいと思っていた。上限なく自分で業務量を決められ、頑張れば頑張るほど成果が出る点が良かった」とやりがいを感じていた。
22年に未上場のベンチャーに投資するベンチャーキャピタル(VC)に入社。動画制作のスキルと経験が評価され、投資業務だけでなく同社でも動画制作を担った。須永さんは、「ベンチャーの運営には資金が必要との事実を投資側からの視点で学ぶことができ、この業界の面白さを感じた。起業したい若年層を手探りで見出すことは貴重な経験だった」という。一方、「VCは投資が月に1回や半年に1回決まれば良い業界であり、定量的に成果を得ることが難しい。投資が決まっても10年後に上場できているかが評価基準でリターンが返ってこない場合もあり、確実な成果につながるか不透明な部分が他の業界と異なる」と厳しさにも言及する。
様々な世界の話を聞いて
親族に医療従事者が多いことから、須永さんも医療業界に入って人を助けたいとの思いを漠然と描いていたという。その中でも、多種多様な医薬品に関わる薬剤師という職業は、知識欲や収集欲を満たす職種として興味を持ち、薬学部を志望した。
薬学生時代は、薬学以外の分野の人に会うことを心がけていたという須永さん。「薬学生は6年間もあって自分を見つめる時間も長いので、薬学や薬剤師にとらわれずに様々な世界の話を聞いてみてはどうか。薬剤師が会社員として働いても良いし、経営に携わるなど柔軟に考えても良い」と語った。