創薬研究の光と影-開発の喜び-◇9 「ミラベグロン」創製への道

2013年5月1日 (水)

薬学生新聞


アステラス製薬研究本部薬理研究所
鵜飼 政志上島 浩二

β3アドレナリン受容体作動薬

 ミラベグロンは、「過活動膀胱における尿意切迫感、頻尿及び切迫性尿失禁」の効能・効果で海外に先駆け2011年に日本で上市された初めてのβ3アドレナリン受容体作動薬である。その後、12年に米国で、13年に欧州で相次いで上市されている。過活動膀胱とは、尿意切迫感を必須とし、頻尿や切迫性尿失禁を伴い、患者さんのQOLを著しく低下させる症状症候群として定義されている。従来の過活動膀胱治療薬は、ムスカリン受容体拮抗薬しかなかったが、新たな作用機序を有するミラベグロンは、過活動膀胱治療の選択肢を広げると共に、患者さんの症状をさらに改善することで生活の質の向上に貢献できるものと確信している。

ベタニス錠25mg・50mg

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 89年にヒトのβ3アドレナリン受容体が同定された後、主にげっ歯類を用いた実験により、β3アドレナリン受容体は脂肪細胞における熱産生に関与するとの報告が相次いだ。その結果、2型糖尿病や肥満症の治療標的として注目を集め、国内外の製薬企業が一斉に開発を進めた。ミラベグロンも、当初、2型糖尿病治療薬の創製を目指した化合物スクリーニングから発見され、その後、臨床試験が開始された。

 しかしながら、ミラベグロンを含むほとんど全ての治療薬候補は、臨床試験で良好な有効性を示せないまま姿を消していった。その原因は不明であるが、げっ歯類とヒトでは、エネルギー消費におけるβ3アドレナリン受容体の寄与度が異なることや、げっ歯類のβ3アドレナリン受容体には強く作用する化合物が、ヒトのβ3アドレナリン受容体に対しては十分な作用を示さないことなどが後に報告されている。

 薬理研究所では、各社が2型糖尿病や肥満症治療薬での開発を進めている中、過活動膀胱治療薬への適用の可能性を探っていた。当時、ヒトの膀胱平滑筋にもβ3アドレナリン受容体が存在し、膀胱に尿をためる蓄尿時に、交感神経終末から放出されるノルアドレナリンによる膀胱弛緩反応を司っていることが示されていたためだ。ミラベグロンの2型糖尿病治療薬としての可能性を検討する臨床試験で得られた体内動態のデータを参考に、ヒトで安全に使用できる血中濃度レベルのミラベグロンが既存の治療薬(ムスカリン受容体拮抗薬)とは異なる作用メカニズムで膀胱の過活動性を抑制し、さらに、既存薬による副作用(口喝・便秘など)を回避・低減できる可能性を示すことで、過活動膀胱治療薬としての開発を経営陣に提案した。

図 ミラベグロンの構造

図 ミラベグロンの構造

 当時、会社ではソリフェナシンというムスカリン受容体拮抗薬を過活動膀胱治療薬として開発した直後であった。このような状況で『新たな過活動膀胱治療薬を開発する必要はないのでは?』との意見が出たが、『過活動膀胱治療薬の開発ノウハウを有している』という自社の強み、『ムスカリン受容体拮抗薬に特有な懸念のないミラベグロンの薬理プロファイル』を経営陣に理解してもらう上で、非常に良いタイミングであったと感じている。

 また、β3アドレナリン受容体の発現・機能に関する種差や作動薬自体の種差が課題とされている中、当時はそれほど多く実施されていなかったヒト組織を用いた薬理試験を外部アカデミアで実施し、臨床予測性の向上に努めたことも経営陣への理解につながった大きな要因であったと思う。

 経営陣への提案に加えて、他社と同様に、2型糖尿病治療薬としての開発を断念したことも重なり、過活動膀胱治療薬としての開発が動き出すこととなった。

 過活動膀胱患者を対象とした最初の臨床試験において、初めてβ3アドレナリン受容体作動薬の有効性が確認され、さらに既存薬で課題となっていた口喝等の副作用発現リスクが回避可能であることが確認された。これは、薬理担当者のわれわれが提唱してきた仮説が証明された瞬間であり、これまでの研究生活の中で最も印象的な出来事となっている。

 当初数人で始まったプロジェクトが、その後の大規模な臨床試験実施や規制当局との交渉を進めていく中、薬物動態の改善を目指した製剤開発や臨床・非臨床における各種安全性評価を通じ、社内外の多くの組織や人々を巻き込みながら、すさまじい勢いで大きくなっていくのを肌で感じた。薬理・合成研究者が動物での検証を繰り返して選び出した化合物ではあるが、その体内動態は非常に複雑であった。

 しかしながら、それを適切に評価する研究者やヒトに投与可能な製剤へと加工してくれる技術者が存在し、提唱した仮説・コンセプトを信じ、どのようにそれをヒトで検証するかを考え、実行する臨床開発従事者が存在した。また、世界初の作用機序を有する薬として認可を受けるために必要な安全性情報を収集し、行政機関と協議する薬事担当者や、治療に安全かつ最大限貢献できるよう医療現場で適切な情報提供を続ける営業担当者の存在も欠かせなかった。

 『未だかつてない新たな治療薬で世界で病気で苦しむ患者さんの健康に貢献したい』という共通の目標に向かって、多くのプロフェッショナルな仲間たちと信頼関係を構築し、ゴールに向かって走り続けた十年余りは、まさに薬作りの醍醐味を堪能させてもらった、かけがえのない時間であったと感じている。



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