【明日の山に向かって~「病棟薬剤師」その先へ~】第4回 クリニカルファーマシー武者修行

2016年3月1日 (火)

薬学生新聞


明治薬科大学臨床薬剤学教授
加賀谷 肇

本場のCPサービスを体験

 1988年4月から病院薬剤師の入院患者への薬剤管理指導業務に保険点数が認められました。時をほぼ同じく私が勤務していた北里大学病院では、87年度から新医療技術導入機構検討委員会が発足しました。この委員会の主な目的は、治療技術、新分野開拓を目指し先進国医療機関に短期留学させ、海外の新医療技術を大学病院に導入、反映させるものでした。初年度は講師以上の医師9人が米国、欧州に派遣されました。88年度からは医師以外のメディカルスタッフにも門戸が開かれ、幸運にもその第1号の薬剤師として私の派遣が決定しました。

 私の留学のテーマは、臨床薬学業務の病院への導入としました。薬剤管理指導業務が88年からスタートしたこともあり、本場のクリニカルファーマシー(以下CP)サービスを実地体験を通して学びたいと、熱望しておりました。

 各論のテーマは、[1]CPサービス全般の実地研修[2]栄養管理チーム(NST)への参加研修[3]在宅医療の視察研修[4]病院薬局管理業務の研修――としました。当時は現在のようなインターネットなどのない時代で、研修受け入れ施設の選定においても手紙や電話のやり取りで、正式な受け入れが決定するまでに数カ月を要しました。

 米国での研修期間は89年4~7月で、米国での大学病院研修に入る前、コネチカット州ニューヘブンにあるセント・ラファエル病院(エール大学医学部の教育研修施設)の薬剤部で4週間にわたりCP業務全般の実地訓練をさせて頂いたことが、その後の研修がスムーズに進んだ要因だったと思います。

写真1:ケンタッキー大学NST(左から筆者、薬剤師、看護師)

写真1:ケンタッキー大学NST(左から筆者、薬剤師、看護師)

 5週目からはケンタッキー大学病院の研修がスタートしました。ケンタッキー大学病院では栄養管理チームでチームメンバー個々の役割や患者の症状管理などを学びました(写真1)。当時私は外科の担当薬剤師で、外科代謝栄養に関するチーム医療や、臨床研究も行っていたことでNSTに着目しました。

 米国で厳しかったのは、毎朝5時に起き、5時半には病院に入り、6時からNSTの回診が始まり7時からカンファレンスという毎日で、とても日本では考えられないくらいハードでした。ケンタッキー大学薬学部と北里大学薬学部は姉妹校提携をしており、小宮山貴子さん(現・北里大学薬学部教授)に紹介を受け、ケンタッキー大学病院薬剤部・薬学部で学ぶことができた次第です。

 コーディネーターは小宮山教授の恩師のDr.Piecoroで、彼は小児科領域のクリニカルファーマシストのレジェンドであり、とても面倒見のいい先生で、プライベートでもとても厚遇を受けました。今から27年前ですから、NSTは日本のかなり先を行っていましたが、かつて日本では夢だったCPサービスが、今では薬学が6年制になったことなども含め、遜色のない状況になってきていることは感慨深いです。

 ケンタッキー大学の研修が終了した後、6月に第46回アメリカ病院薬剤師会学術大会(テネシー州ナッシュビル)に出席し、私がとても興味を持ったのは、CP業務に関するセッションのほか、ファーマシーマネジメントに関するセッションでした。その中でも薬物使用評価:Drug Use Evaluation(DUE)でした。

 薬の有効、無効、副作用、毒性などについて積極的に患者モニターを行い、薬剤の適正使用に関する指針を作成し、医療スタッフ教育を目的にした薬事ニュースの発行や、適切な薬物治療のカンファレンス、あるいは特定の薬や同効薬の使用制限など委員会活動を通して行っていることでした。

 6月から7月は私が切望してアプライし、受け入れていただいたミシガン大学病院です。ミシガン大学薬学部は全米最古の歴史を有し、CP業務、研究活動のトップレベルでした。

 ケンタッキー大学は当時5年制学生と6年制学生が混在していましたが、ミシガン大学は既に6年制だけになっておりました。すなわち卒業生全員がPharm D.の称号が与えられておりました。

 私がお世話になったのは薬剤部長のDr.de Leonで、希望していたNSTのチーム加入と在宅医療のシステム視察研修、ファーマシーマネジメントの中でも薬剤師の評価の仕方や、教育・育成プランの立案の仕方など、研修プログラムにすべて盛り込んでいただけました。

しなければいけないことは何か

 日本とアメリカの教育の仕方で違うなと思ったことの1つを紹介します。
日本では子供でも、社会人になった時も、一般的にはまず、「してはいけないこと」を先に教えます。しかし、彼らの教育は、「しなければいけないこと」を先に教えます。

 皆さんも将来患者に対し、自分自身に対し、まず「しなければいけないことは何か」という疑問からスタートすべきと痛感しました。

 ファーマシーマネジメントで学んだことは、管理職クラスの人々と話すと、彼らの一番の悩みは病院への経営貢献や人・物・カネのマネジメントをどうするか。そして、地位が高くなるにつれて、経営貢献の割合が高くなり、臨床から遠ざかっていくことが、臨床薬剤師の評価をするときに難しくなっていくことでした。

写真2:ミシガン大学研修修了証書授与(左からDr.de Leon、筆者)

写真2:ミシガン大学研修修了証書授与(左からDr.de Leon、筆者)

 米国のクリニカルファーマシストから叩き込まれたことは、一つひとつの症例を自分の血となり肉とするためには、記録をこまめに作り、書いて覚えるしか方法がないということでした。当時はすべてアナログの時代、彼が持っている症例カードにびっしりと書かれた記録を見せられ、「このカードの枚数だけ私は症例経験がある」と、誇らしげに語ってくれたことを今でも忘れられません。ミシガン大学での研修最終日にDr.de Leonから授与された修了証書は、今も私の部屋の壁に掲げております(写真2

 帰国後、病院で取り組んだ課題は、[1]薬剤管理指導業務のQuality Assurance(品質保証)[2]DUE(薬物使用評価)委員会の設置[3]キネティックサービスの推進[4]NSTの院内常設機関としての機能拡大――などでした。

 次回第5回は、自分のライフワークとなった「緩和医療における薬剤師の参画意義」について述べたいと思います。



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