【科捜研の仕事と薬学・薬剤師】その2 薬物鑑定の実例

2016年5月1日 (日)

薬学生新聞

たかやま薬局、金沢市薬剤師会理事
公認スポーツファーマシスト
高山 成明

高山成明氏

 元石川県警察科学捜査研究所長。

 毛髪からの覚せい剤検出などの研究で薬学博士取得。39年間、薬学で学んだ知識を生かして薬物毒物鑑定を主に担当してきました。

 今は妻と2人で薬局調剤の傍ら、公認スポーツファーマシストとしてうっかりドーピング防止のためのお薬相談や講演、学校薬剤師として校内環境(大気・水質など)測定や危険ドラッグなどの講演をしています。


 3回シリーズ「科捜研の仕事と薬学・薬剤師」の2回目の本稿では、著者の経験した当時その存在がほとんど知られておらず、法規制もされていなかった新規乱用薬物鑑定について紹介する。

 平成○年○月○日、あるホテルの一室にいた男女2人のうち女性が錯乱状態となり、救急病院に搬送された。病院からの通報により、捜査員が男性に事情聴取し、インターネットで購入した粉末をスポーツ飲料に溶かし、2人でコップに入れて飲んだところ、女性の容体が急変したとの情報を得た。

 服用した粉末が残っていなかったことから、直ちに2人のいたホテルの部屋を調べ、2つのコップを押収した。救急病院での女性の治療方針決定の必要性もあり、科捜研に緊急鑑定の要請があった。コップには液体が残っておらず、底に粘性のある物質がわずかに付着している状態であった。

 科捜研化学係では、女性が錯乱(興奮)状態であるとの情報から覚醒剤と興奮作用のある麻薬(コカイン、MDMAなど)を最初のターゲットとして分析にかかり、3時間ほどで麻薬MDMA検出の第一報を捜査部門に伝えた。

 次に女性の尿も病院から届き、同じく麻薬MDMAを検出した。さらに男性の尿からも麻薬MDMAを検出した。

 後日、男性の購入先から押収した白色粉末の分析も依頼され、当時その存在がほとんど知られておらず、法規制もされていなかったFLEAが大部分で、その500分の1量の麻薬MDMAが含まれることを突き止めた。

新規乱用薬物の動態を解明

 さらに解析を進め、以下の事項についても明らかにした。

 コップ底の粘性物質からFLEAも検出でき、麻薬MDMAとの割合は正確には求められないが、大部分はFLEAであったことから、白色粉末とコップ底の粘性物質は同じものである。

 両者の尿についてFLEAの存在を詳細に調べたが検出できなかった。FLEAに関する論文・学会報告が全くないことから、代謝についても全く分からないため構造類似の薬物を参考に考察し、FLEAを服用しても尿中にFLEAそのものは排泄されず、代謝されて麻薬MDMAとなって排泄されると判断した。白色粉末中に含まれていた麻薬MDMAが尿から検出されることはありうるが、尿中の量から判断して、両者の尿から検出された麻薬MDMAのほとんどがFLEAの代謝物と判断できる。

 鑑定に必要となる標準品FLEA合成の際に、合成原料に含まれる不純物の影響で意図せずに麻薬MDMAが合成されてしまうという情報を入手したことから、白色粉末中に麻薬MDMAがわずかに含まれる理由として、販売元などで小分けの際に混入した可能性より、不純物を含む合成原料を使ったことで白色粉末に含まれた可能性が大きい。

 以上、当時その存在がほとんど知られておらず、法規制もされていなかった新規乱用薬物FLEA(この事件の後、麻薬に指定された)について簡単に紹介したが、このように、科捜研化学係では薬学で得た知識を生かして、危険ドラッグに代表される未知の薬物について探求する機会が多い。

 これを読んで、薬学生の諸君が、学んだ知識を生かせる科学捜査への道を選んでくれることを期待する。



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