【対談 薬剤師×薬学生】小児医療には未来がある!

2016年9月1日 (木)

薬学生新聞

国立成育医療研究センター
石川 洋一薬剤部長

子どもの幸せがエンドポイント

g00057_20160901_02-01

 今年6月末、総務省は国勢調査抽出速報集計の結果、65歳以上の高齢者が初めて人口の4分の1を超えたと発表しました。では、その一方で15歳以下は12.7%と人口のたった1割にすぎないほどに減少したこと、そして、このたった1割の子どもたちを支えるために、各地で奮闘している薬剤師がいることをご存知ですか?今回は、この「小児医療」に焦点を当て、小児の最前線を行く国立成育医療研究センターの薬剤部長、石川洋一先生にお話をうかがいました(日本薬学生連盟2016年度副会長=中川翼:慶應義塾大学3年、薬学教育委員会=佐藤真由子:日本大学3年)

薬理学、薬物療法を学んでほしい

 ――まずはじめに、小児医療の特徴について教えていただきたいと思います。

 石川 小児科の特徴とは、まさに「小児の医療を行う」ということです。日本の添付文書を見ると、大人のことは書いてあるけれど、小児のことは書いていない、周産期のことも何だかよく分からない。そういう領域です。日本の小児科と海外の小児科は違うといった点が特色ですね。というのも、日本は小児に対する勉強をあまりしていないんです。

 これまで日本は戦後、長生きのための医療を一生懸命行ってきたわけです。そのために、まず国民皆保険制度を作りました。ただ、ある時、米国でも欧州でも海外では子どもがいなくなっていることに気がつきました。そこで、「大変だ。子どもの医療をしなければ国は滅びてしまう」と危機感を感じたんですね。

 でも、日本はそう思わなかったので、放っておいたんです。癌とか糖尿病とか、生活習慣病の治療こそが人間を助けると信じ、添付文書も成人の薬についてあればよいと、今まで小児について考えずにやってきました。

 薬科大学、薬学部で子どもの医療を教えずに「ジェネラル」な薬剤師を目指して教育しているのは日本だけなんです。ジェネラルな薬剤師と言ったら、新生児からお年寄りまで分かる人がジェネラルな薬剤師だと思いませんか?

 でも、日本ではジェネラルな薬剤師という時は、大人の医療が全部分かる人のことを指していて、子どもとお母さんのことは分からなくてもジェネラルと言える。それを日本では誰も不思議だと思わないんですね。2000年頃から、欧米では子どもが使う可能性のある医薬品を開発する時は、子どもの臨床試験を実施しなければ販売させないというルールを作ったんです。これって不思議じゃないですか?

 日本だったら大人の臨床試験だけですぐ発売できて、子どもの用量なんて関係ないと言えますが、そうしたら海外では発売できないんです。日本の製薬企業も、国内で医薬品を発売する時は成人の臨床試験しか実施しないのに、海外で販売する時は子どもの臨床試験をやって売り出しているんです。米国や欧州の子どもは助けられるのに、日本の子どもを助けることはできないという不思議なことが起きているんです。

 このように、大学で習ったことだけではなく、まずは歴史とかいろんなことを調べて、自分なりに今の医療を考える必要があると思います。私は一生懸命自分から調べて、初めて「日本の医療って少しズレているな」と気づきました。学んでいる内容が正しいのか、自分で調べて考える必要がありますね。そうして誰かが学んで、本当の事実を知っている人が、学んでいることを「違う」と発信し続けなければならないと思っています。

 全員が一度進んできた道を振り返って、昔のままの医療でいいのか考えた方がいいと思いますよ。私が大学生に講義をしに行くと、決まって「初めて小児を習いました」という言葉を聞くんですよね。

 ――私も小児医療についてはまだ学んだことがないです。小児領域と聞くと、何となく難しい領域というイメージしかないですね…。

 石川 そうです。だから、小児領域には近寄らないという選択肢が出てくるわけです。誰かがやってくれて、自分は癌領域をやろうみたいに。小児って聞く機会が少ないんです。だから、その難しいイメージを「違う」と主張する人も少ない。でも、このまま医療が進んでいけば医療は変化せず、お年寄り偏重になっていきます。「国民皆保険」と言っているのに、おかしいですよね。

 ただ、最近では小児医療を共に育てていく仲間が増えてきました。「小児薬物療法認定薬剤師」という認定薬剤師制度を設けたのです。小児領域において、いま一番困っていることは、小児医療を実践している薬剤師がとても少ないという点です。

 ――小児医療専門病院は日本にどれくらいあるんですか?

 石川 県立病院しかなく、全体で30施設ぐらいですね。私立病院は、資金がなくて小児医療をやっていけないんですよ。新生児を助けるためには、大人の錠剤を10分の1にして、それを10日分飲ませます。そうすると、10日分の医療費が大人の1日分の医療費にしかならないわけです。しかも、子どもに行った医療は処方箋に書いていないので、適応外使用となり、診療報酬がもらえないんですね。成育医療研究センター病院も全て適応外使用で、診療報酬をもらっていないんですよ。

 こうした日本の状況に対し、海外では実際に臨床試験を行い、小児の薬用量を作っているという部分が大きな違いになってきます。海外では、当たり前のように小児の薬用量が分かります。先ほども言った通り、新生児から高齢者まで全てを習った薬剤師がジェネラルな薬剤師なんです。日本の薬剤師とは少し違います。

 われわれは海外のデータを参照して、初動の数値を決めるんです。そこから治療の状況を見つつ、使用量を変えていくんですね。最終的にそのデータを集めて、小児の適応を取ろうとしています。ブリッジングをかけるという方法なのですが、海外データも使いながら、日本の状況と見比べつつ適応を取るわけです。既に薬剤師が集めたデータで、適応が取れている薬もあります。抗凝固薬のワーファリンは、10年ほど前まで小児の適応がなかったのですが、いくらでも臨床現場で使われていました。

 そこで、薬剤師が全国からデータを集めて、小児の適応を取ったんです。高齢化が進む日本の中で、人口の9割が成人ですから、成人や高齢者の医療に力を入れることは大切なことで、絶対に必要なことです。だからといって、小児の医療をやめますかというと違います。小児の医療を進めないことには、日本という国が滅亡しますから、小児の医療を変えなければならない。これも絶対です。小児の医療の将来性はここにあります。

 ――いま現状で、小児薬物療法認定薬剤師はどれくらいいらっしゃるのですか?

 石川 700人程度です。1年で研修に入ることができるのが250人くらいなので、4年やってやっと1000人というところですね。

 ――5年前と比べると、だいぶ人数が増えて変わったなという実感はありますか?

石川洋一氏

 石川 ネットワークを組んで、小児で分からないことを共有する小児の薬物療法研究会を始めました。分からないことがあったら教えますよというものです。このネットワークは当初、口コミだけで広めたんですが、2~3年で500人も参加があったんですね。そのくらい、小児医療は皆さんの関心がある領域なんだと思います。

 ここでポイントになるのが、これまでに輩出されてきた認定薬剤師です。小児に詳しい認定薬剤師として勉強し、3年も経てば、すごい豊富な知識が身につくわけですから、そうした認定薬剤師が各地でいろんな薬剤師に教えていけば、さらにそこからネットワークが広がります。これはとても大事なことです。仲間が増えれば、各地でネットワークが増えていきます。エビデンスを取るという点でも、小児医療のネットワークは貴重です。先ほどのワーファリンの適応を取得した事例でも、ネットワークを使ってデータを集め、治験を行いました。こういう意味でも、小児医療では仲間集めがとにかく重要なんですね。

 子どもは、1人ひとりオーダーメイドの医療を行っています。それぞれの子どもの薬用量を測定し、提供する必要があり、錠剤を1錠飲めばいいという医療は存在しません。子どもがどの薬をどれだけ飲めるかをを知っている薬剤師がいないと、小児の医療はできないのです。それに薬剤師が気づいて、小児のことに詳しい薬剤師を育てなければなりません。

 私が成育医療研究センターで勤務し、衝撃的だったのは、医師から「薬のこと詳しいんだね」と言われたことです。薬剤師は、薬に詳しくないと思われているんですね。だから、医師に「薬の使い方、間違っていますよ」と言うと、すごい勢いで反応が返ってきて、「こうだから違います」と説明してあげると、次からは質問攻めになります。「薬のこと教えてくれ」と。

 チーム医療とは、そこで初めて分かります。なぜなら、知らないことを補い合うからチーム医療なんですね。ここのところを勘違いしている薬剤師が多い気がします。医師や看護師と一緒に病棟に行って、手伝ったらチーム医療だと思っていませんか?看護師が今まで混ぜていた薬を自分が混ぜる、血圧を一緒に測る…それは違います。

 チームが求めているものは、薬学の知識です。「この薬と一緒に混ぜたら、必ず副作用が出る」「逆にこちらの薬の方が効果がある」と言ってくれるチームの仲間が必要とされているのに、大学6年間で薬理学を学んでこなかったら、他に何をしてきたんだって話です。患者に説明することがうまくなりました、という話の前に、薬理学、薬物療法を学んで社会に出てきてほしいですね。

クリニカルファーマシストたれ‐薬学の専門家がチームに必要

 ――先生のおっしゃるように、「薬剤師の本質は、薬理学、剤形の知識にある」という考えのもとで学習する薬学生は、周囲にだんだん増えているように感じます。その上で、どのように他職種と関わっていけばよいのか、他職種に対してまだ薬剤師は意見を言いにくいのではないかという不安を抱いている学生も少なくないと思います。

 石川 職種で仕事の取り合いという話を聞くことがあると思いますが、お互いに知らないことを知っている専門家が集まっているので、職種の取り合いをしているのは薬学の専門家ではないですよね。海外ではそれが普通で、「クリニカルファーマシスト」と医師は全く違います。医師は診断しかせず、薬物療法のオーダーを決め、処方箋を書くのはクリニカルファーマシストです。医師はそれにサインをして責任を持つだけです。

 医師が薬を決めて、薬剤師が監査するのではないのです。薬剤師が処方して、それを医師が監査するのです。私の考える薬剤師は、まさにクリニカルファーマシストです。日本の薬剤師はテクニシャンが多いのですが、そんな薬剤師は必要ないと思います。薬物療法の根幹を勉強していない薬剤師は、チーム医療において何の意味も成しませんから。

 ただ、ホームドクターがいるように、ホームファーマシストがいます。薬のことだけでなく、いろいろなことを全て知っていて、町の薬局にいて、何でも相談され、必要に応じてOTCを販売したり、ここまではOTCで対応するが、ここからは医師の診断を受けなさいとトリアージできる薬剤師もたくさん必要です。だから、大学で学んでいることの全てが間違っているというわけではありません。

 クリニカルファーマシストはバイタルサインを取ります。なぜなら、医師の処方を疑ってかかるからです。クリニカルファーマシストは、医師の処方を見て「おかしいな」と思ったら、自分でバイタルサインを取って確認します。そのための検査に詳しくなるためであれば、バイタルサインはいくらでも学ぶべきです。皆さんが大学で習うのは、診断を再考するためのバイタルサインなんです。


ページ:
[ 1 ] [ 2 ]

HOME > 薬学生新聞 > 【対談 薬剤師×薬学生】小児医療には未来がある!

‐AD‐
薬学生新聞 新着記事
検索
カテゴリー別 全記事一覧
年月別 全記事一覧
新着記事
お知らせ
アカウント・RSS
RSSRSS