薬剤師レスラー、参上‐3月には団体王座の栄冠 WRESTLE-1 吉岡世起選手

2017年5月1日 (月)

薬学生新聞

チャンピオンベルトを掲げる吉岡選手

チャンピオンベルトを掲げる吉岡選手

 薬剤師でプロレスラーの男現る――。「WRESTLE-1」(レッスル・ワン)に所属する吉岡世起選手だ。父が脳外科医、母が消化器内科医、二人の兄は消化器外科医、心臓外科医の医師一家の家庭で育つも、リングで闘う仕事を選んだ。岡山大学薬学部卒業、薬剤師免許の資格と、レスラーとしては異色の肩書きを持つ彼だが、試合中の怪我を克服し、ようやく3月20日の「WRESTLE-1クルーザーディビジョン王座」を賭けたタイトルマッチで初の団体王者の栄冠を手にした。「満足した試合はまだ一つもない。自分がプロレスを盛り上げたい」と、内容が伴った勝利で観客を魅了するプロレスが信条だ。大学時代の専攻は有機合成だった吉岡選手。いま解き明かしたいのは、自分と相手との技の攻防が絶え間なく続く試合の流れの中で、自らの得意技「クロックストライクス」を繰り出して勝利し、それを見た観客が喜ぶというケミストリーに他ならない。

(写真提供:(C)WRESTLE-1)

プロレス番組が契機に‐入学前から道場通い

吉岡世起選手

 「小学生の頃に見た深夜のプロレス番組が、プロレスラーに憧れたきっかけでした」。膝のケガでサッカーをあきらめた時に出会ったのが、プロレスという新世界。中学生になると「トリプルH」というアメリカ人のレスラーに目を奪われる。試合中に足の筋肉を断裂しながらも、“観客が盛り下がるから”と言う理由で試合を続行したプロレス道に感銘を受けた。翌日から友達に「俺はプロレスラーになる」と公言するようになった。

 中学校入学時の成績は学年トップと頭脳明晰。熊本県下で有数の進学実績を持つ熊本高校に入学した。プロレスに役立つ格闘技はないかと近くにあるテコンドーの道場に入り、蹴り技を極める日々。大学へと進む気持ちはなかったはずが、母が強く反対した。「プロレスラーになんかなれるわけがない。頼むから大学だけは行ってくれ。薬剤師免許を持っていると将来何かの役に立つはず」と薬学部を薦められた。

 母親からの強い説得に吉岡選手が折れ、進学を希望したのがキャンパスの近くにプロレス道場がある岡山大学だった。社会人がプロレスの試合が行える「レッスルゲート」というプロレス団体の存在を知った吉岡選手は岡山大に見事に合格、引っ越しを済ませ、大学入学前にレッスルゲートに入門した。

 大学とプロレスの2足のわらじ。レッスルゲートで初めて触れたプロレスは、あこがれとは違った。「技術的にも体力的にもとても難しいと感じた」。その一つが“体づくり”。もともと食が細い体質だったが、お茶碗1杯程度しか食べないのが、それを大盛り、2杯に増やした。テコンドーでの蹴り技に加え、レスリングでの組み技も習得した。

 レッスルゲートでは週1回の練習、月1回の試合、大学ではテコンドー同好会に入り、格闘技漬けの毎日を過ごす。学業はというと、「試験の点数はギリギリ、単位もギリギリで友人に助けられました。周りに恵まれた大学生活でした」。研究で有機化学を専攻するなど化学は得意だった一方、生物などの暗記科目は苦手だったという。5年次には病院・薬局の実務実習に行き、なんとか薬剤師国家試験も突破した。

全日からレッスル・ワンに‐怪我との闘いにも勝利

 薬剤師として一度も働くことなく、プロレスラーの道へと突き進んだ。カズ・ハヤシ選手に誘われ、レッスルゲートから全日本プロレスの練習生となったが、2カ月後にはまさかの団体分裂。尊敬する武藤敬司選手が立ち上げた新団体「レッスル・ワン」に所属することになった。

 日々の練習は、集団練習2時間、筋トレ2時間、さらに自主練も含めると1日5時間に及ぶハードな内容だ。準備体操に加え、スクワットを多い時に1000回、腕立て伏せを8種類20回3セットの基礎練習を終えた後に、ようやく練習が始まるという過酷さだ。

得意の蹴り技を繰り出す

得意の蹴り技を繰り出す

 蹴り技が得意な吉岡選手。得意技は「クロックストライクス」。背中合わせで相手の腕を引きながらハイキックする技で、1月の試合でフィニッシュ技としてお披露目した。試合で披露したのはバージョン1だが、既にバージョン4まで新技として完成しており、大事な局面での秘密兵器に取ってある。

 勝利よりも試合内容を重視している。レスラーには試合後に、「自分の良かったところを探す」「自分が悪かったところを探す」という二つのタイプがいるそうだが、吉岡選手は後者に当てはまる。

 「勝った試合でも、動きに精彩を欠いていると、控え室で落ち込んでしまう」という性分。忘れられないのが、2014年に両国国技館でディーン・オールマークという英国人レスラーと英国団体のベルトを賭けた一戦。勝利し初タイトルを獲得したが、試合中、相手選手のバックドロップを、バック宙で避けるというアクロバティックな動きで着地した瞬間に痛みが襲った。膝の後十字靱帯を損傷し、その後全く動けずに悔いだけが残った。

 試合中の怪我はレスラーの宿命。「タイトルマッチの翌日に入院」というケースが他のレスラーよりも多いのが吉岡選手だ。タイトルマッチで怪我をしなかったときも、なぜか試合2日後のクリスマスイブに盲腸を発症し、入院するということ不運も続いた。「駄目な方で“持っている男”なんですよね」と笑う。

 だから課題に取り組んだ。怪我をしないような体づくりやケアの準備に時間を割き、満を持して臨んだ3月のタイトルマッチ。これまで何度も壁にはじき返された王座だったが、ようやく取りたかったベルトを腰に巻くことができた。

 追求していきたいのは、自分のプロレスでいかに観客を魅了するか。マイクパフォーマンスで相手選手との掛け合いを行い、観客を盛り上げていくレスラーも増えているが、「そのスタイルではない」と自認している。リングの上で自らの技で満額回答していく。それは、試合中に痛んだとしても、飄々と技を受けては返していく、プロレスの流れを大事に試合を進めていくことだ。かつて吉岡選手が見たトリプルHの試合スタイルとも重なる。

他のレスラーに服薬指導‐薬剤師不要論には“怒り”

 怪我で入院したときには、看護婦や医師、薬剤師から“薬剤師レスラー”という肩書きをびっくりされる吉岡選手。他のレスラーからも一目置かれており、例えば痛み止めの薬を服用する際によく吉岡選手に相談するのだという。「抗生物質との飲み合わせが悪い薬もあり、自分が注意しなければみんなすぐに飲んでしまうのでそこはアドバイスしています」と自らレスラー相手に服薬指導を実践している。「武藤敬司選手からは膝を怪我したときに、『膝にステロイド注射、何本打てばいいんだ?』って聞かれましたが、それは答えられませんでした」と意外なエピソードも明かしてくれた。

 “薬剤師不要論”という議論について話を振ると、急に闘うレスラーの顔になった。「医療を何も知らない側が医療側を叩くのはおかしい。薬のチェック、相互作用を調べる薬剤師の役割は大きく、ネガティブなところだけを指摘しているのはおかしいし、カチンときますね」。薬学時代の友人が薬剤師として働いている。だからこそ、無責任な発言が許せないのだ。

華麗な空中技を披露

華麗な空中技を披露

 今後の目標は「いろんなベルトを持ちたいし、プロレスをもっと盛り上げたい。プロレスを知らない人たちにも自分の試合を見て欲しい」。薬学生の女子には、「最近、プロレスが好きな“プ女子”が増えています。プロレスラーはイケメンも多く、鍛え抜かれた肉体美を見て欲しい。特にレッスル・ワンはバラエティに富んでいて初めて観に来る人たちもハマります」とアピールする。

 これから薬剤師国試というリングに上がる薬学生にとっては、来年春のゴングを控え、これからが勝負だ。吉岡選手は、「緊張しないこと。駄目だったら来年受験すればいいやという気持ちでいい。自分が受験したときも頭がいい人が高熱の中で国家試験に挑戦して苦しみながらやっていたのを見て可哀想だと思いました。自分の力を発揮できないので、ラクな気持ちで決戦に臨んで欲しい。自分も一発勝負だけどそういう気持ちで闘いたい」。自分らしく闘えと、エールを送った。



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