医療法人徳仁会中野病院薬局
青島 周一
多剤併用(ポリファーマシー)といえば、不適切処方や薬物有害事象だけでなく、医療費の増大といった社会的な問題も指摘されがちです。しかし、ポリファーマシーをめぐる医療経済的な影響は、薬剤費の増減だけではありません。薬物有害事象の予防や管理のための費用、処方適正化介入を実施するための費用など、様々な医療費が発生することや、その費用対効果を考える必要があります。
一般的に、薬物療法に対する費用対効果は、治療を実施した際に増加する医療費と、治療によって変化したQALY(生活の質で調整した生存年数)の関係性で評価され、両者の比を増分費用効果比と呼びます。増分費用効果比は、普通列車に乗車した場合と、特急列車に増車した場合の費用対効果の違いをイメージすれば分かりやすいと思います。つまり、上乗せしたコスト(特急券購入費)に見合うだけの時間効率が得られれば「費用対効果がある」と判断できるわけです。
不適切処方に関連する医療費とQALYの関係性は、薬剤ごとに大きく異なります。例えば、NSAIDs、ベンゾジアゼピン系薬剤(BZD)、プロトンポンプ阻害薬(PPI)について、各薬剤処方に伴う費用対効果を検討した研究が報告されています(PMID:30705233)
この研究によれば、患者1人当たりの医療費増加とQALY低下が最大だった薬剤はBZDの処方で、3470ユーロ(約51万円)の増加と、0.07QALYの低下でした。つまり、不適切なBZDに対する減薬介入で、医療費の削減のみならずQALYの延長も期待できる可能性が示されているのです。一方、維持用量PPIと比較した最大用量PPIの処方は、医療費とQALYの増減に統計学的有意な差を認めませんでした。PPIは、BZDと同様、潜在的な有害事象リスクが高く、減薬介入においても注目されがちな薬の一つです。しかし、その減薬に対する費用対効果はBZDと同等とは言えないのです。
また、減薬介入の費用対効果を考える際には、QALYに対する影響のみならず、患者の薬に対する思いや価値観にも配慮する必要があります。薬の有効性がどうあれ、実際には「生きるか死ぬか」よりも、「不安なく過ごせるかどうか」が優先されることは多いと思います。患者がどのような思いで病気に向き合い、どのような生活を望んでいるのかによっても、薬に求められる「効果」は変わります。少なくとも、医療費削減のために減薬介入が正当化される文脈とは、きわめて社会的な視点を織り込んでいることに留意しなければなりません。