医療法人徳仁会中野病院薬局
青島 周一
心筋梗塞を発症すると、心機能の低下を補うために、交感神経系が活性化します。このような代償反応は、心拍出量の一時的な維持に役立つ一方で、長期的には心筋リモデリングが促進され、心不全の発症など、心血管予後の悪化をもたらすことが知られています(PMID:33319509)。そのため、心筋梗塞後の薬物療法として、β遮断薬が投与されることも珍しくありません。
ただし、心筋梗塞後におけるβ遮断薬の有効性は、主に1980年代に報告されたランダム化比較試験(RCT)の結果に基づくものです。一方、近年に報告されている観察研究では、β遮断薬の有効性について、否定的な結果も得られています(PMID:33428707)
2024年4月に、心筋梗塞後におけるβ遮断薬の有効性を検証したRCT、REDUCE-AMI試験(PMID:38587241)の結果が報告されました。この研究では、心筋梗塞を発症した5020人が対象となりました。被験者は、β遮断薬(メトプロロールまたはビソプロロール)を投与する群と、β遮断薬を投与しない群にランダム化され、総死亡もしくは心筋梗塞発症の複合アウトカムが検討されています。
中央値で3.5年にわたる追跡調査の結果、複合アウトカムの発症割合は、β遮断薬を投与した群で7.9%、β遮断薬を投与しない群で8.3%、ハザード比は0.96(95%信頼区間0.79~1.16)と、統計学的に有意な差を認めませんでした。つまり、心機能が維持された心筋梗塞患者においては、β遮断薬を投与しても、臨床的に意味のある効果は得られない可能性が示されているのです。
β遮断薬の有効性が報告されていた1980年代において、高感度トロポニンを用いた早期診断技術や、質の高い経皮的冠動脈インターベンション、スタチン系薬剤をはじめとした心血管リスクの管理薬は広く普及していませんでした。これらの治療法が導入される以前において、心筋梗塞に関連した死亡率は高く、β遮断薬の投与は生命予後の改善に一定の効果をもたらしていたと考えられます。
しかし、新規治療の導入および普及によって、心筋梗塞後の予後は大きく改善しました。REDUCE-AMI試験の結果は、医学的ケアの進歩に伴い、β遮断薬の有効性が相対的に小さくなったことを示唆する傍証として解釈できるように思います。一般的に、RCTの結果は質の高いエビデンスだと考えられていますが、示されている統計データは暫定的な事実にすぎず、常に訂正される可能性を有していることに留意しなければいけません。