多職種連携で患者支援
京都府北部の京丹後市にある丹後大宮ゆう薬局で働く戸田隆弘さんは、入社11年目の薬剤師だ。店舗で調剤を行うほか、在宅医療患者を受け持ち、2023年からは医療的ケア児の支援にも取り組んでいる。力を入れる取り組みの一つが多職種連携で、情報を共有するなどして最適な薬物療法につなげる。戸田さんは、「医師や看護師、ヘルパーやケアマネージャーなど患者に関わる医療関係者との連携をより密にして、患者や家族を支えていきたい」と語る。
昨年12月のある日。戸田さんは10時に出勤後、店舗内で調剤や服薬指導を手がけた。店舗の隣が小児科病院とあって、子供の患者も多い。
この日、アレルギー疾患で通院している子供とその母親が訪れた。「こんなに長く、薬を続けて飲んでいて良いのでしょうか」と相談する母親の表情は不安げだった。その不安を受け止めるように話を聞きながら、いわゆるアレルギーマーチを進行させないために今の薬を続ける意義が高いことや安全性が高いことなどを、エビデンスを提示しながら丁寧に紹介することで母親は次第に安堵の表情を浮かべていった。
普段から戸田さんが心がけているのは、「納得して薬を服用してもらうこと」。そのために、会話を通じて患者や家族の不安を汲み取り、医師の意図と自分の考えをすり合わせながら、分かりやすい説明を心がけている。信頼を得て、地域では戸田さんをかかりつけ薬剤師に指名する患者も多い。
戸田さんは昼休憩を挟み、13時から在宅医療を受ける患者宅を訪問した。複数の医療機関を受診する高齢患者で、戸田さんは2週間に1回の間隔で訪問している。医療機関別に2週間分の薬をセットしているが、夜分の飲み忘れが多い傾向にあり、服薬状況を確認するとやはり薬が残っていた。排便コントロールも課題だった。戸田さんは訪問看護師に連絡し、服薬や排便の状況などを相互に確認。お互いの情報をすり合わせた上で、医師やケアマネージャーへ薬剤師としての評価を情報提供した。
訪問を終え15時30分に薬局へ戻った。午後診療が始まる時間帯でもあり、再び調剤や服薬指導に従事した。
この日は18時から、医療的ケア児やその家族の旅行支援に関するオンライン会議に参加した。この取り組みは京丹後市の旅館と小児科医が主体となって立ち上げた「京丹後こども・みらいプロジェクト」。普段は在宅で治療主体の生活を送り、遠方に外出しづらい医療的ケア児やその家族に旅行の機会を提供するもので、丹後大宮ゆう薬局もこれまでに3度、旅行支援に関わった。
医療的ケア児が旅行を楽しんでもらえるように、主治医や看護師、ヘルパーや旅館の代表者、戸田さんを含めた薬剤師らが、事前に患者の情報を出し合い、必要な薬剤や医療物品を手配し、有事の対策まで講じて移動や宿泊を支える。以前に戸田さんは、旅行中に消化管出血の症状が見られた医療的ケア児に対して、医師や看護師と連携して旅行中に臨時で薬剤提供した経験がある。
京都市内在住の患者が支援対象だったが、25年春には京都府外からの患者を受け入れる予定で、この日はその打ち合わせだった。約1時間の会議を終え、この日は19時に退勤した。
戸田さんは13年に京都薬科大学を卒業後、治験コーディネーターとして企業に勤めた。「新薬開発に興味を持ち、患者の近くで働きたいとも考えた。その両方を実現できると考えた」と振り返る。ただ、当時の主な業務は治験に向けた関係者のスケジュール調整で、理想と現実の間に大きなギャップがあった。
翌年6月に退社。患者を支える仕事をしたいという思いは変わっておらず、「町の人が気軽に薬のことを相談できるイメージがあった」ことから、薬局薬剤師になろうと決めた。ゆう薬局を選んだのは、京都府内に複数の店舗があり、立地や環境の異なる店舗で働くことで多様な経験を積めると考えたからだ。
14年9月にゆう薬局グループに入社し、宇治市内の薬局に配属された。15年6月に丹後大宮ゆう薬局に異動。経験を積み、17年末に京丹後市の河辺ゆう薬局の立ち上げ責任者に任命されると、近隣病院の医師らと綿密に連携して信頼関係を築いた。19年に再び丹後大宮ゆう薬局へ戻ると地域連携の取り組みを推進。新型コロナウイルスの感染症が流行した時期には、自治体内で唯一無料検査の実施薬局として対応。担当施設でクラスターが発生した際には嘱託医と共に介入し、沈静化と医療提供に貢献した。「普段から地域で医師と連携してきた積み重ねにより、コロナ禍でも様々な対応が実現できた」と語る。
管理薬剤師の戸田さんは、後輩の育成にも力を入れる。一方的に指示を出すのではなく、目的を共有して自発的に取り組めるように心がけているという。「個人としてはもちろん、店舗として地域の方から信頼されるようになりたい」と意気込む。