【ヒト・シゴト・ライフスタイル】ブレイクダンスで障害者の希望に‐誰も取り残されない社会へ 白杖ダンサーの薬剤師 森仁志さん

2025年4月15日 (火)

薬学生新聞

森仁志さん

 視覚障害者で薬剤師の森仁志さんは、白杖を使用したブレイクダンスでパフォーマンスを行う世界的な”白杖ダンサー”だ。網膜の光を感じる細胞に異常が生じる目の病気「網膜色素変性症」を発症し視力は奪われたが、白杖を用いたブレイクダンスで一躍有名となった。2021年夏に開催された東京2020パラリンピック閉会式や、21年大みそかに放送された日本放送協会(NHK)の紅白歌合戦で「マツケンサンバII」にも出演し、視覚障害者への理解を深める活動に取り組んでいる。普段は薬剤師として薬局のスタッフや一般生活者からの電話による問い合わせに対応する森さんは「障害や国籍、人種、価値観の違いによって機会が得られない人に夢や希望を与えられるようになりたい」と語る。誰も取り残されない社会が実現する日まで白杖を使って踊り続ける。

義足ダンサーに影響受ける‐目の難病乗り越え国試合格

 森さんが発症した網膜色素変性症は、生後だんだんと症状が進行していく目の難病だ。「自分でも目が見えているかよく分からず、幼稚園で母が自分を迎えに来ると『母親の顔がよく分からない』と言っていましたね」。病気を疑い病院に行っても病名は診断されず、他の子どもに比べてつまずきやすく、時には窓ガラスに突っ込んで怪我しそうになった経験もした。

 ブレイクダンスとの出会いは中学生の頃だ。「これは面白い」と思い、インターネット上の動画を見て、学校内で仲間と一緒に見よう見まねで練習してのめりこんだ。

 片足が義足の世界的なフランス人ブレイクダンサーであるジュニアさんのパフォーマンスにも魅了された。義足ダンサーのパフォーマンスを見て「自分も目がこれから悪くなる中で頑張ればいけるんじゃないか」と思った森さんは、生涯をかけてブレイクダンスを続けたいと決心した。

 路上でブレイクダンスをしている集団を見かけては飛び入りで仲間に加えてもらい、知人のつながりでブレイクダンスを趣味としている人を聞きつけては果敢にアタックし、参加の場を求めた。

 ただ、当時はブレイクダンスを職業とすることは難しい時代だった。森さんの叔母が薬剤師であったこともあり、「薬剤師であればブレイクダンスを続けていくことができるのではないか」と考え、明治薬科大学薬学部を受験。見事に合格し、進学することになった。

 入学後はダンス部に所属し充実した大学生活を送る一方、在学中に病気は進行し、病院を診察すると網膜色素変性症と診察された。視野が極端に狭くなり、道を歩いてもすれ違う人の顔を認識できず、大学の友人とあいさつを交わすのも難しくなった。「周囲からは冷たい人と思われていた」と森さん。

 ノートに書いた鉛筆の字がだんだんと見えなくなり、ボールペンでメモを取るようになった。薬学部の勉強は苦労の日々だったが、何とか6年間で卒業、15年の第100回薬剤師国家試験も突破した。

産業医の一言からSNS発信‐パラ閉会式で大役務める

白杖を使った森さんのパフォーマンス

白杖を使った森さんのパフォーマンス

 卒業後は薬局薬剤師として調剤業務、その後に学術業務を経験した。社会人生活がスタートしてからも病気はさらに進行した。街ですれ違った人たちの顔を正面から直視しても分からない段階まで悪化した。ノートに書かれた字は鉛筆、ボールペン、油性ペンに変えても読めなくなり、コミュニケーションは携帯電話の読み上げ機能や拡大読書機器などに頼るようになった。

 歩行も厳しくなり、薬局までの通勤で白杖を使うことを薬局の先輩薬剤師に伝えると、「白杖を突いて薬局に来るな」との言葉が浴びせられた。その後は1人でやらないとできない仕事を任されたり、仕事に時間がかかると「根性が足りないから」と言われたりするなどの仕打ちを受けた。

 病気が悪化してそろそろ薬剤師免許を返上しないといけなくなるという状況で森さんを救ったのは産業医の言葉だった。「君、面白いね。目が見えなくてもブレイクダンスをしていることをSNSで発信したら、きっと人気が出てちょっとお金ができて食べていけるようになるよ」

ブレイクダンスの魅力を伝える

ブレイクダンスの魅力を伝える

 中学生の頃に憧れた片足義足ダンサーを思い起こした。白杖を用いてブレイクダンスを試してみると、「あ、できるな」と確かな手応えがあった。

 仲間に白杖を用いたブレイクダンスの動画を撮影してもらい、写真・動画共有SNS「インスタグラム」に投稿すると、「パラリンピックの閉会式に出てみませんか」とのリアクションが返ってきた。ソロパートも用意されている大役を任された。

 「視覚障害者は一見健康そうな人も多いので、目が見えないことが周囲から理解されていないことが多い。だから白杖を持ってそのままブレイクダンスで伝えようと思った」。白杖を使ってブレイクダンスをしている投稿を見た視覚障害者の希望になり、視覚障害の理解を深めることにもつながればとの思いが芽生えた。

小学校でもブレイキン体験会を開催

小学校でもブレイキン体験会を開催

 パラリンピックでは障害を持つ人に対するサポートにも感動した。「連絡手段も『メールだとやりづらいならLINEで』とか、実際のパフォーマンスでも助けてくれてすごい経験でした」。こうした支援体験から教育機関や福祉施設、企業向けに「ブレイキン体験会」を開催。ブレイキンが持つ「PEACE」(平和)、「LOVE」(愛)、「UNITY」(結束)、「HAVING FUN」(楽しむ)というカルチャーを伝えて社会的差別を抑止し、障害や人種、国籍の違いがあったとしても誰も取り残されない社会の実現に向けた活動を精力的に進める。

 「障害を持つと本人もそうだが家族など周囲が落ち込んでしまう。障害を持つ方の親御さんからのメッセージが多いですね」

 今後、競技では東京で行われるレッドブルBCワンワールドファイナルでの優勝、昨年4位だった障害者を対象としたダンスの世界大会での優勝を目指す。薬剤師としては「視覚障害者向けの薬局がない。処方箋も見づらい。多様性の一つとして日本初の視覚障害者に特化した薬局ができるといいですね」と笑う。



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