新潟薬科大学健康推進連携センター教授
小林 大高
多民族・多文化社会の理想に邁進する盟友‐オーストラリアの薬局と薬剤師
移民が支えた経済的発展
オーストラリアと聞くと、美しいサンゴ礁のグレートバリアリーフや愛らしいコアラを思い浮かべるのではないでしょうか?雄大な自然が織りなすオーストラリアの風景は旅行者を魅了してやみません。こうした旅情を駆り立てる自然とは別に、オーストラリアの大きな特徴の1つが多民族・多文化社会を目指しているというところにあります。
広大な土地があるオーストラリアとはいえ、もともと南洋の島であり、1770年にスコットランド人のジェームズクック船長によって入植が開始されるまでは、独自の文化と生態系を守り続けてきました(この独自の生態系を長く温存できたことが、自然の美しさを育んでいるのかもしれません)。西欧的発展を遂げた経済先進国のような顔をしていますが、西欧化されたのは英国系移民の入植から始まり、全土が英国領土となった19世紀に入ってからのことなのです。
ゴールドラッシュなどの資源開発が進んだことにより、大量の労働者が必要となり、英連邦はもとよりアジア周辺地域から人口流入が加速し、人口規模が拡大しました。オーストラリアが現代のような経済的発展を遂げたのは、このように技術者や労働者を移民として受け入れたことにあるといわれています。ある意味では、新大陸(新島)であるがゆえに多民族国家となるのは当然の帰結ですし、殖産興業・経済発展は開拓民の努力の賜物だったことになります。
歴史的には、白豪(はくごう)主義という人種差別政策をとった時期もありましたが、1970年代からは、地政学的な現実主義路線を歩むようになり、多民族主義・多文化共存主義を掲げて、アジアから幅広く知識・技術労働者の移民を受け入れてきました。
実際に、オーストラリアの大学を訪問し、薬学部を見学すると、アジア系の学生の多さに驚かされます。これは薬局の現場も同様で、非常に多くの文化的背景を持った薬剤師が活躍しています。
多様な母国語に対応
また、薬局を訪れる患者さんの背景も様々で、英語以外で会話をしなければならないことも少なくありません。確かに、英語が公用語として使われてはいますが、多くの異なる民族的背景を持つ国民が共存し、彼らが、自分の言語や宗教、文化的伝統を維持する権利があるということを尊重した政策がとられているからです。つまり、国民の母語(母国語)に最大限の配慮をしているということにほかなりません。したがって薬局店頭においても、様々な言語に対応できる準備を怠らないことが求められます。
例えば、中華街や中華系市民が多く居住する地域であれば、中国語を話す薬剤師が働いているでしょうし、イタリア街であれば、イタリア語を理解する薬剤師が働いているでしょう。
あるいは、従業員に語学堪能な者を雇うだけの余裕がない場合や予定される言語の想像がつかない場合などは、電話による医療通訳サービスと契約していると聞きます。英語の国でありながら、英語ができない国民の権利を守ろうという精神が根づいた国といえなくもありません。
ただ、この電話通訳サービスの使い勝手はあまりよくないようです。電話通訳をお願いしたものの通訳が電話口に出てくるまで長時間待たされることが多いので、よほどのことがない限りは利用を申し出る人はいないという話を聞いたことがあります。
電話通訳の使い勝手の話はともかくとして、オーストラリアの薬剤師が日々直面するのは、多様な文化的背景を持った市民とのコミュニケーションなのです。市民に適切に医薬品を使用してもらうように誘導するという「服薬指導」は当然のことなのですが、それ以前に、異文化間コミュニケーションに配慮した「気づき」が求められることになります。
「在宅」には「聴く」力の研鑽が必須
オーストラリアでは、薬剤師が患者宅に出向いて、健康指導をする「在宅服用管理サービス」という制度がありますが、このサービスを提供するには「認定資格」を取らなければなりません。この認定プロセスにおいても、「気づき」ための基本である「聴く」能力の研鑽に力を入れています。
また、在宅に患者を訪ねて、服薬状況を確認した場合には、かかりつけ医への報告書提出が義務づけられています。
単に患者宅を訪問して、処方薬の数を数えてきましたというだけでは、医療の専門家として十分ではなく、薬学的な問題をベースに、日常生活に潜む様々な問題を客観的に考察して、提案することが求められています。
ここでは、報告書という媒体を通じて「相手に伝える」という能力も必要となります。単に、自己満足に終わらず、相手の求める情報を分かりやすく伝えられるような訓練がされています。
多民族・多文化国家であるがゆえに、「あうん」の呼吸で理解できるというようなことは期待されていません。どのような相手であっても同じように理解してもらえるようなプロとしてのコミュニケーション能力が保証されなければならないのです。
わが国でも少しずつではありますが、コミュニケーション能力の開発が薬剤師の世界でも注目されています。ただ、オーストラリアのようにシステマティックに教育できているかといえばまだまだのような気がします。
わが国の薬剤師も在宅医療に関与するようになりました、残薬確認で満足して終わっている例が多いような気がしてなりません。プロとして他職種に情報提供できるようになるためにも、オーストラリアの薬剤師のあり方はわれわれに多くのことを示してくれています。