30代の若さで突然、企業のトップに就任することになったら――。福島県郡山市の調剤薬局チェーン「コスモファーマ」グループを代表取締役として率いる藤田愛里さんは、4年前に創業者の父が急逝。突如、社員1500人のトップに立つことになった。薬剤師として薬局の最前線で働いていた藤田さんは、突然の経営者への転身に「無我夢中だった」と振り返るが、幼い頃から常に薬局事業を手がける父の背中を見て育った血は争えない。いまは亡き父から引き継いだバトンの重みを噛みしめ、新たに制定した経営理念「よろこばれて、よろこぶ」をモットーに、経営者として忙しい日々を過ごしている。「社長になってからずっとバタバタしている」と笑う藤田さんだが、「社員がやりがいを感じてくれると嬉しい」と語る姿は、すっかり経営者の顔。異業種の様々な人たちから経営のヒントを得た経験から、「学生時代にはいろんな世界を見てほしい」と薬学生にエールを送る。
若き女性経営者として奮闘
藤田さんは、薬局チェーンを経営する父の影響を大きく受けた。「薬剤師という職業しか知らなかった」という幼少期。それだけに、高校生の時には違う世界を見てみたいと思い、大学の建築学科に進学したが、常に家業が頭の中にあったのも事実で、「いつか父を助けることができる」と薬学部に入り直すことを決断。薬剤師の国家資格を目指す道を歩み出した。
星薬科大学薬学部を卒業した後は、大学院修士課程に進んだ。学生時代から何となく故郷へ戻って家業を手伝ってほしいという父の期待は感じ取っていたが、「どこかで家に戻りたくない気持ちもありました」と藤田さんは振り返る。結局、父からの要請を受ける形で、2007年に大学院を中退し、コスモファーマに就職した。
入社後は、福島県内の薬局に配属され、多くの診療科目の処方箋を経験した後、茨城県や栃木県、愛知県など、様々な地域で新店舗を立ち上げたり、管理薬剤師を経験するなど、現場の薬剤師として多くの経験を積んだ。「現場での仕事は楽しかった」と藤田さん。「父にこき使われただけかもしれません」と笑うが、「店舗を歩くことで人脈が広がったし、いろんな土地で違う患者さんと話ができて面白かった。それが今の仕事につながっていると思います」と自負する。父は娘に帝王学を学ばせたかったのかもしれない――。そのことを今になって感じている。
突然の転機がやってきたのは、4年前の13年1月。前日まで元気に仕事をしていた父が急逝した。何の後継準備もない、創業者の突然の死だった。当時、既にグループ子会社の社長に就任していた藤田さんだったが、当時はまだ30代になったばかり。父から経営者としての心構えを教わったこともなかった。それでも「私が社員と会社を守らなければならない」と奮起。社員の後押しもあり、グループ社員1500人以上のトップに立つことを決断した。「とにかくやるしかないという気持ち。無我夢中で社長としてやっていけるかどうかは考えませんでした」
社長に就任してからの毎日はドタバタが続いたが、「何でもやってみる」と前向きに捉え、経営者としての仕事に邁進してきた。「全てが経験。やってみることで得たものも多いし、経営者でなければ経験できないこともありました」と社長としての4年間を振り返る。
そんな藤田さん。社長になって一番変わったことは何かを尋ねると、「考え方」との答えが返ってきた。これまでは日常のことに重きを置いていたが、経営では幅広い視点が必要だ。これまでの30年近い会社の歴史、伝統、人脈、取引先を維持しながら、父の時代と違う新たな改革を実行する必要があった。
父が創業した当時は、まさに医薬分業の波に乗って店舗展開を大きく拡大してきた時代。それから30年近くが経過し、いまでは地域包括ケアシステムにおける貢献が強く求められ、薬局も「質」を争う時代に突入した。藤田さんは「これまで父が作ってくれた企業の基盤を生かして、地域のためにできる薬局業務の中身をコツコツと充実させていくことが私の時代の役目と思っています」と強調。社長としての将来を力強く見据えた。
社長として多忙な日々を送る中、トップゆえの苦労も前向きに捉えている。「確かに責任も感じますし、常に決断を下すという意味では孤独なのかもしれません。でも、あまり苦労を深刻に考えたことはなく、むしろ苦労を経験できる環境は自分の力になってありがたいと思いますし、前向きにどうすれば良くなるのかを考え、一つひとつクリアしていくことが良い経験になっています」と実感を語る。
若手経営者として、異業種の経営者と交流する機会も増えた。「それがいい影響を及ぼしています。かえって、同業者よりも異業種の方からヒントを得ることが多いですね」と藤田さん。就活セミナーのブースにも積極的に顔を出し、自ら会社の説明をする。「社長が若いことが印象に残って会社を覚えてもらえています(笑)」
今後は、藤田さんが社長に就任してから設立25周年を迎えたのを機に、新たに制定した経営理念「よろこばれて、よろこぶ」を実践できるグループに成長させていくのが目標だ。「顧客や患者さんに喜ばれるのはもちろんですが、それが私たちの喜びであり、自分にとっては社員に喜んでもらうことも喜びなので、両方を実現できるような会社にしていきたいです」
そんな藤田さんのオフタイムは、社長になって少なくなった。現場の薬剤師として働いていた当時は、仕事とプライベートの切り替えがはっきりしていたが、「経営者になるとプライベートの時間で得た人脈や感性が仕事につながってくることも多くて、もしかしたら切り替えができていないかもしれませんね」と笑う。休日に行事も多く、出張も少なくないが、苦痛に思うことはないという。
「他の土地で見た物とか、聞いた話が意外に仕事のヒントになったり、本当に何でもつながってくるので、無駄なものはないと思います。確かにプライベートの時間は限られてきていますが、オフの時には家族と過ごしたり、旅行に行ったりしていますよ」と常に前向きだ。多忙な毎日だからこそ、家族で一緒に居る時間を大事にしようと思えるのだという。「地味な生活だけど、日常が大切なんです」と力強く語る若き経営者の藤田さん。その笑顔には様々な人を引き込むエネルギーがあるのかもしれない。
そんな外の空気を存分に吸ってきた藤田さんだからこそ、薬学生には「チャンスがあればいろんな世界を学生のうちに見ることをオススメします。どんな人との出会いや経験がいつか役に立つときが来るかもしれません。休暇を利用して何か違うことにチャレンジしてみてもいいし、経験できるときにいろんなことを経験してください」とメッセージを送ってくれた。