食品で人の健康を支えたい
食品添加物総合メーカーの三栄源エフ・エフ・アイで研究員として働く大西可恵さん。大阪薬科大学を卒業した2016年に入社した。「料理やお菓子作りが好き」なことに加えて「食品を使えば、薬が必要な場面以外でも人の役に立てる」と意欲が湧いた。携わった商品を店頭で見かけたり、食品や菓子、飲料など幅広い分野のメーカーの開発担当者と関わったりする時、仕事の面白みを感じるという。
食感のバリエーションをつくるゲル化剤、食品に彩りを添える着色料――。食品添加物はおいしさを引き立てる、いわば“助演”。三栄源エフ・エフ・アイは、そんな食品添加物の研究、開発から販売まで一貫して手掛ける業界トップシェア企業だ。開発した添加物を食品メーカーに売り込み、商品の原材料にとり入れてもらう。食感や色、香りなど領域ごとに研究室を持ち、20人以上の薬学部出身者が活躍している。
機能性素材研究室で働く大西さんが扱うのは酸化防止剤。酸素や光の影響によって、食品に起きる酸化を防ぎ、ビタミン含量の低下、風味の劣化、退色を遅らせる効果が酸化防止剤にはある。
同研究室が扱う酸化防止剤は様々。主力となるのは、マメ科エンジュ由来の“酵素処理イソクエルシトリン”と、ヤマモモに含まれる抗酸化成分を使った“ヤマモモ抽出物”だ。これらを使って、食品の酸化という課題を解決する。
食品メーカーから「食品の風味の劣化を抑えたい」という依頼を受けたり、ヒットしそうな商品に目を付けて、酸化防止剤を使えないかと考えたりするところから、研究は始まる。
11月のある日、午前10時。朝礼、営業担当者との打ち合わせを終えた大西さんはクッキーを焼き始めた。クッキーにヤマモモ抽出物を添加すれば長期間店頭に置いていても風味を保てるのでは、と考えて始めた研究だ。
自ら研究対象を見つけて仮説を立てる。その見立てが正しいか、試作品で確かめるという。原材料を調達し、研究員が自分の手で試作する。
用意したのは、ヤマモモ抽出物を添加した生地と無添加の生地。
焼き上げたクッキーは高温な環境に置いたり、強い光に晒したりする“加速試験”にかけて意図的に劣化させる。現実にかかる時間よりも短い時間で、賞味期限時点の風味に近づけた後、それぞれの劣化具合を比較するという。
評価方法は二つ。官能評価と香気分析でクッキーの風味を比べる。
官能評価とは、目や口、鼻など五感で品質を判定する検査方法。大西さんら研究員が食べ比べたり、嗅いだりして試作品ごとに劣化具合を判定する。
香気分析とは、どのような香り成分がどれくらい含まれているのかをガスクロマトグラフという装置で測定する方法。「香りの量がデータで見えるようになる」と大西さん。科学的な根拠を示すことで、取引先に対する説得力が増すという。後日、分析したデータをまとめて菓子メーカーにプレゼンテーションするそうだ。
昼休憩を終えた午後1時。以前から加速試験にかけていたオレンジジュースを同じ研究室のメンバーで評価した。酵素処理イソクエルシトリンを添加したものと無添加のもの、抗酸化作用のあるビタミンCを使ったものを飲み比べて、「酵素処理イソクエルシトリンを使ったジュースは作りたての風味を保っている」などと感想を話し合った。この研究は、営業担当者が飲料メーカーから依頼を受けて始めた。
午後3時。営業担当者と総菜メーカーを訪ねた。以前に「販売するポテトサラダの風味の劣化を抑えられないか」と相談があった企業だ。商品にヤマモモ抽出物を添加して加速試験を実施。この日、取得したデータをまとめた報告書を自らが説明し、提出した。採用の可否は後日、連絡があるという。打ち合わせ終了後、午後6時にそのまま退勤した。
現在入社3年目。「携わった商品を店頭で見るとうれしくなる」とやりがいを語る。また、食品や菓子、飲料など幅広い分野のメーカーに足を運んで開発担当者と話せることも魅力の一つという。
社内には、医療機関と共同で食品の機能を開発している研究員もいる。「思った以上に業務内容の幅が広い。病院との関わりがあるとは思っていなかった」と大西さん。将来は「薬学の知識を使って、人の健康を支える食品を開発、研究できたら」と思いを語る。