「患者さんのために」を胸に
大学入学時は病院薬剤師志望だった有沢成美さんだが、「患者さんのために」という志は変わらない。卒業した2019年の4月に塩野義製薬に入社し、10月に東京に配属、大田区を担当後、23年4月から世田谷区を担当している。開業医担当で対象施設数はおよそ400、これに保険薬局が加わる。全製品を扱うが、今は新型コロナウイルス感染症治療薬「ゾコーバ」、抗インフルエンザウイルス薬「ゾフルーザ」に注力する。
1日の始まり、起きて手にするのはiPad。得意先の納品実績を確認する。活動の成果は気になる。思わしくないところは次善策に考えを巡らす。
朝一番に訪問した卸では、納入実績を共有し、担当医の反応などの情報も交換する。週1回程度の卸訪問以外の午前中は内勤となるが、大切な時間だ。午後からの訪問予定施設について過去の日報で復習し、面談ストーリーを描く。やりとりを想定し、必要な資材を鞄に詰め込む。
コロナ禍では、6～7割の担当施設で訪問できなくなり、面談がスムーズにいかないもどかしい思いもしたが、今はほぼ全てに実訪問できる。1施設あたり10分程度。訪問目的を伝え、医師・薬剤師の疑問にも迅速に答えるなど小気味よさが求められる。
それを可能にするのが合間を見てiPadに記録する面談内容。説明に対する医師・薬剤師の話し方のニュアンス、語尾、表情、反応なども細かに書き込み、関心、課題を読み取る。読み返すうちに面談目的が明確になる。
趣味の一つは船釣り
今やMRとして活躍する有沢さんだが、元は病院薬剤師志望。転機は病院実習での出来事だった。
「高齢の患者さんが、私でも服薬が困難だと感じるくらいの大きさの錠剤4錠を飲んでいる姿を見かけました。辛そうでした。他に選択肢がなかったのだろうかと。院内では採用薬から医師は処方し、病院薬剤師からはなかなか変えられないという現実に直面し、モヤモヤしてしまったのです」
有沢さんは、このモヤモヤを大学の先輩に相談する。その時、説明を受けたのがMRの役割。MRなら、他の選択肢があることを医師に紹介し、それが必要だと判断されれば、患者に新たな選択肢を提供できる、と。
より多くの患者の役に立てるかもしれない。そして、人と話すことが好きで、目標に向かう過程を楽しめる自らの性格にも合っているのではないか。そう考えた有沢さんは、12社もの製薬企業のインターンシップに参加する。MRに1日同行する機会も得た。「MRさんが、そのような症状でしたらこの薬がお役立ちできると先生（医師）に説明し、先生もご納得されて使ってみたいと話された場面を目の当たりにして」。先輩が話していたことそのもので、思いを強くした。MRには不要論などネガティブな情報も出ていた頃だが「そのような情報は知らなかった」と笑う。
朝の実績数値の確認といい、数字にこだわる姿勢が見えるが、そこには有沢さんの患者への思いが重なる。
「私は『数字＝患者さんに貢献できた指標』と捉えています。自社製品は、効能はもちろん、剤型の大きさや服薬回数など、できる限り患者さんの負担が少ないように設計されており、適している患者さんならば、使っていただきたいとの思いで活動しています。病院実習の時に目にしたあの光景は自分の担当施設では避けたいのです」
訪問先へ向かう
ゆえに活動の基本は「1施設でも多く訪問し、先生（医師・薬剤師）に情報を届けること」。訪問のキャンセルも想定し、訪問計画は常に多め。1日10施設程度を実際に訪問する。
MRだけでは薬を患者に届けられない。卸のMSの協力、医師の厳格な処方判断、薬剤師の服薬指導があってこそ。適正使用には薬剤師の役割は大きく、薬局も重要施設との認識だ。
その姿勢が1日の活動に貫かれている。「一つの面談が、患者さんの治療、未来を変えるかもしれないとの思いで臨んでいます」。明日にも入院が必要になるのではないかという新型コロナウイルス感染症患者に「ゾコーバ」が処方された結果、症状が軽減し、入院を避けられたと医師から報告を受け、感謝されたことが、最近の「患者さんに貢献できた」と実感した出来事だ。
最後に有沢さんからのメッセージ。「自分で可能性を潰すことなく、少しでも興味ある職業を見つけたら、インターンシップに参加したり、実際に働いている人に話を聞いてみたり、自らアクションを起こすことを勧めます」
