ICUにおける薬剤師の役割~新たな病棟薬剤業務の展開~ 下

2014年11月1日 (土)

薬学生新聞

独立行政法人労働者健康福祉機構
中国労災病院薬剤部
船越 幸代

船越幸代氏

 ICUに入室する患者は、心肺停止や重症感染症によるショック状態のため循環動態が不安定な患者や、病態の悪化や改善により腎機能や肝機能が大きく変化する患者が多い。1日の中で血圧や尿量が変化し、血液検査も複数回行われることがある。また、血液透析が開始されると腎排泄型の薬剤は投与量の変更が必要になる。そのため薬剤師は、患者の状態を把握した上で薬剤選択や投与量設定を行い、効果や副作用をモニタリングすることが求められる。

 例えば、感染症では原因菌や感染臓器によって抗菌薬の感受性や臓器移行性を考慮して抗菌薬の選択を提案する。抗不整脈剤や抗けいれん剤の投与時にもガイドラインを参考に薬剤選択に関与する。疾患や腎機能・肝機能に基づいて投与量設定を行い、体温、血圧、脈拍数、呼吸数等のバイタルや炎症反応、白血球数等の検査値、心電図やけいれんの有無、必要に応じ薬物血中濃度を確認し、効果や副作用を確認しながら薬物治療のモニタリングを行っている。

 以下に薬剤師が関与した実際の症例を紹介する。

病態に応じた剤形選択を行った症例

 60歳代、男性、急性膵炎のため一般病棟に入院したが、無尿となり、透析目的でICUに入室となった。抗菌薬メロペネム(MEPM)が投与されていたが、水様便となり、抗菌薬による偽膜性腸炎が疑われたため、Clostridium difficile(CD)検査を依頼したところ菌陽性だが、毒素は陰性であった。その後も水様便が持続し、白血球、CRPも上昇した。主治医は、偽膜性腸炎は否定できないが、現在の状態では抗菌薬の中止は不可能であり、胃管からの排液が450mL/日と多く、腸管浮腫もあるため胃管投与は困難と考え、バンコマイシン(VCM)の静注を検討していたが、救急部医師から投与薬剤、投与方法について相談を受けた。

 偽膜性腸炎はVCMやメトロニダゾール(MNZ)が治療薬であるが、VCM静注は腸管に薬剤が到達しないため無効である。内服や胃管投与が不可能な場合はVCMの注腸が選択されるが、VCMを腸全体に到達させるには体位変換が必要となる。この患者は気管内挿管され人工呼吸器管理、透析中であり、さらに膵炎による腹部緊満と腹痛があり、体位変換は困難であった。

 海外ではMNZ注射製剤が選択されるが、日本は未発売であった(2014年9月薬価収載)。そこで文献検索を行った結果、MNZ膣錠の直腸内投与が有効であったという症例報告があった。MNZの直腸投与は病変部位への直接作用だけでなく、直腸から吸収されたMNZが肝臓でグルクロン酸抱合され、腸管に分泌されたのち脱抱合をうけ、糞便中に未変化体が存在することで腸全体に到達することができると考えられる(図1)。この文献を医師に提示し提案したところ投与開始となった。

図1 内服不可能な場合の偽膜性腸炎におけるバンコマイシン(VCM)およびメトロニダゾール(MNZ)の投与方法と移行部位

図1 内服不可能な場合の偽膜性腸炎におけるバンコマイシン(VCM)およびメトロニダゾール(MNZ)の投与方法と移行部位
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 MNZ投与翌日から排便がなくなったため、投与を一時中止した。血液培養でCandidaやEnterobacter属が検出され、感染症治療のため培養結果に基づき抗菌薬、抗真菌薬を透析時の投与量で投与していたところ、再度下痢が発現し、CD検査で菌、毒素とも陽性となった。

 胃管排液は1日300mLとまだ多かったため、MNZの直腸投与を再開した。投与開始後下痢は改善、便培養でもnormal floraとなり効果は認められた。その後、胃管排液が減少したため、胃管からのVCM注入に変更を提案した(治療経過は図2参照

図2 病態に応じ剤形選択を行った症例

図2 病態に応じ剤形選択を行った症例
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 このように患者の病態に応じた剤形提案や動態を考慮した処方設計は、ICU常駐薬剤師として職能を発揮する重要な役割だと考えられる。

 ICU入室患者は全身状態が刻々と変化し、循環動態、呼吸状態に合わせ投与薬剤、投与量が変更される。気管内挿管や鎮静を行うために注射薬が選択される場合が多く、配合変化やルート管理への薬剤師の関与は特に重要である。また、感染リスクの高い患者が多く、抗菌薬の選択や投与量設定にも積極的に関わることが求められている。

大切な薬剤師の視点

 各職種が専門性を発揮し、チーム医療を実践し、効果的で安全な治療を行っていくためには、医師や他の医療スタッフと異なり、薬剤師としての視点や知識を身に付けていることが大切だと思う。疾患や治療に関する知識も重要であるが、薬学生のうちに化学的知識を充分に習得することは、薬物の化学構造式から配合変化を予測することができ、また類似構造を持つ薬剤と比較することで分布や排泄、相互作用等の可能性を推測することができるので、薬剤師になってからとても役立つ知識だと思う。また、薬理学や薬物動態学の知識も、当然ながら薬剤師が他の医療従事者から求められているものである。

 初期治療が救命やその後の患者のADLに大きく関わることは周知の事実である。薬剤師がICU病棟に常駐することにより、バイタル、検査値を確認した上で患者の状態を実際に把握し、医師、看護師と情報を密にし、処方提案を行うことで、より質の高い薬物治療を行うことができると考える。



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