【ヒト・シゴト・ライフスタイル】薬剤師の存在意義、漫画に描く 漫画『アンサングシンデレラ』 医療原案者 富野浩充さん(焼津市立総合病院薬剤科)

2019年3月1日 (金)

薬学生新聞

「どんな仕事か知ってほしい」

富野浩充さん

 「もしかして薬剤師っていらなくない?」。病院薬剤師として働く主人公・葵みどりのこんな疑問から始まる漫画『アンサングシンデレラ』。2018年11月に単行本の第1巻が発売され、増刷を重ねている。医療原案は焼津市立総合病院薬剤科の富野浩充さん。病院薬剤師として働きながら、医療分野の雑誌でコラムを連載するなど、ライターとしても活動中だ。本作では、医薬品の作用や性質がドラマを生むトリックになっている。その医薬品の選定と、薬剤師や医師らが医療現場でどのように患者を治療しているのかを富野さんが監修している。漫画の主人公のように、富野さん自身も薬剤師の立場や存在意義に危機感を抱くことがあるという。「例えば、病変の組織や細胞の観察を専門にする病理医がいるように、薬剤を専門にする医師がいてもおかしくない。薬剤師のあるべき姿、その着地点を漫画に描きたい」と抱負を語る。

 17年7月、Twitterでメッセージが届いた。

 「薬剤師の漫画を作りたいので、その監修をお願いできませんか?」

 送信者は月刊コミックゼノンの編集者。富野さんがライター業務用に開設したウェブサイトを見て連絡してきたのだという。

(C)荒井ママレ/NSP 2018

(C)荒井ママレ/NSP 2018

 富野さんは「面白そうと二つ返事で依頼を引き受けた。ただ、果たして薬剤師でドラマになるのかという不安はあった」と振り返る。その逆に、編集者には「医師と対等に動ける立場にある薬剤師はドラマになる」と確かな自信があった。医師の出した処方箋に唯一、異議を唱えられる職業”薬剤師”。縁の下の力持ちのような存在であり、主人公が女性であることから『アンサングシンデレラ』と、編集者がタイトルを付けた。

 漫画作りは、編集者と富野さん、そして漫画家の三人四脚で進められる。

 まず、編集者が大まかなストーリーを考える。富野さんは、そのシーンに合った医薬品を選び、薬剤師や医師らが医療現場で疾患をどう治療しているのか、いくつかの事例を示す。本作では、医薬品の作用や性質は、ドラマを生むトリックのような存在だ。編集者と漫画家は、そのトリックが生きるように、ドラマを作り上げていく。できあがった下書きは富野さんがチェック。疾患や処方、専門用語に誤りがないか、薬剤師や医師らの台詞や立ち位置などに違和感がないかを確認する。その後、修正の内容を漫画家が反映し、ペン入れして仕上げる。

(C)荒井ママレ/NSP 2018 『コミックゼノン』18年7月号に掲載の第1話。連載スタートまで約1年かかった

(C)荒井ママレ/NSP 2018
『コミックゼノン』18年7月号に掲載の第1話。連載スタートまで約1年かかった
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 例えば、第1話。編集者が考えたのは「薬の相互作用による容態の悪化を薬剤師が見つけて患者を助ける」というストーリー。富野さんが提案した中から、喫煙とテオフィリンの相互作用が採用された。喫煙は代謝酵素のCYP1A2などを誘導し、テオフィリンの血中濃度を低下させる。そのため、喫煙者は非喫煙者よりも多量のテオフィリンを投与されることがある。漫画では、禁煙したことを医師に伝えていなかった患者に、喫煙時と同量のテオフィリンを処方した結果、中毒症状が発現。その原因を主人公の葵みどりが突き止めるというストーリーになっている。

理想像はジェネラリスト

 漫画のタイトルの通り、薬剤師は縁の下の力持ち。医師や看護師と比べて、患者にとって分かりにくい存在だ。富野さんは漫画を通して「まずは、薬剤師がどんな仕事をしているのかを知ってほしい。そして、薬剤師を目指す人が増えてほしい」と期待を込める。

 ただ、富野さん自身も漫画の主人公のように、薬剤師の立場や存在意義が分からなくなることがあるという。「例えば、病変の組織や細胞の観察を専門にする病理医がいるように、薬剤を専門にする医師がいてもおかしくない。薬剤師のあるべき姿、その着地点を漫画に描きたい」と抱負を語る。

 富野さんは薬剤師の理想像として、医師と同列の立場で全領域の薬に詳しいジェネラリストを一例に挙げる。「病院薬剤師の強みの一つは診療科の壁がないこと。担当以外の診療科の疾患や薬のことを尋ねられて『こういう手もある』と答えられる存在になれれば有用性がある」と考えているが、膨大な知識量が問われる。そのハードルは高そうだ。

 一方、病院、薬局を問わず、薬剤師は専門性を求める傾向にある。富野さん自身も小児薬物療法認定薬剤師の認定を取得しているものの、「医師は自分が担当する診療科で使う薬には詳しく、その部分では教えてもらうことが多い」というのが実感だ。「専門薬剤師制度は学ぶきっかけにはなるが、専門性を高めていった結果、他の領域に詳しくなくなるのはどうか」と疑問を抱く。

 薬剤師はどうすればいいのか――。迷いの根底にあるのは、薬剤師という仕事に対する危機感だ。「疾患や薬の情報はインターネットで調べれば分かる。ITやAIで替えの利く存在では薬剤師は生き残れない」と苦悩する。

患者の回復に手応え実感

 それでも、病院薬剤師の仕事には確かな手応えを感じているという。

中央が富野さん。ナースステーションにもよく顔を出す

中央が富野さん。ナースステーションにもよく顔を出す

 現在、富野さんは焼津市立総合病院に勤務し、産婦人科と小児科を担当している。午前中は調剤など中央業務が中心で、午後から病棟業務に移ることが多い。担当患者は約20人。医師や看護師らと話し合ったり、電子カルテに記載された報告や検査値を確認したりして、必要があれば患者に副作用がないか、体調に変化がないかを尋ね、医師らにフィードバックする。「目に見えて1日ごとに患者さんの容態は変わる。回復していく過程が見えて、治療が進んでいる手応えがあり、やりがいがある。ダイレクトに命を左右する現場に携わることができる」と手応えを語る。

いつか薬剤師を題材に小説を

 創作の原点にあるのは中学生時代の生徒会新聞づくり。生徒会の方針に対して「それは何なの?」と疑問をぶつけた。現在、薬剤師という存在に抱く疑問も、その時の気持ちに似ているという。「薬剤師という資格はあるけれども、それは一体何なの?」と根源的な問いを続ける。

 読書好きが高じて、高校時代には自ら小説を書きたいと考えるようになった。ただ、気持ちとは裏腹に、文系科目より理数科目が得意だった。「文章で食べていけるかどうかわからない。それに理系出身の作家もいる」と考えて、進路指導では理系を選択。地元の静岡県から東京理科大学薬学部に進んだ。

 大学卒業後、約2年間は地元に戻りドラッグストアで働くなどしていた。富野さんは当時の心境を「自分はもうここからどこにも行けないような気がして…。昨日と今日が入れ替わってしまっても問題ないルーティーンのような日々だった」と振り返る。高校時代に抱いた「文章を書きたい」という気持ちは消えず、02年から東京にあるジャーナリスト専門学校に通い、文章を書くスキルを磨いた。現在も連載を続ける医療系雑誌の仕事を始めたのもこの時期だ。「ゲーム音楽や漫画をテーマにした文章も書いたが、薬剤師であることが強みと考えて、医療分野の文章を書くようになった」という。その後、04年から千葉県の総合病院薬剤部で働き始め、13年に焼津市立総合病院薬剤科に赴任した。

 担当編集者は富野さんの人柄をネガティブと言い、自身も「内向的で、喋るより書く方が得意」と分析する。その半面で、いろいろな物事に首を突っ込んでいく一面も併せ持っている。「病棟では、なるべく患者さんや医師、看護師らと話すようにしている。創作のネタを探すという意味もある。いつか、アイデアが貯まれば、薬剤師をテーマにした小説を書きたい」と抱負を語る。

 経験に裏打ちされた文章を書くためにも、病院薬剤師の仕事は続けていくという。それが病院薬剤師としての強みにもなると考えている。「薬剤師だけでなく、他の視点も持っていたい。医師と比べると、薬剤師はまだ完成されていない職業なので」



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