【ヒト・シゴト・ライフスタイル】ドーピング違反、カードゲームで啓発‐“うっかり陽性”を疑似体験 みどりや薬局 スポーツファーマシスト 清水雅之さん

2019年7月1日 (月)

薬学生新聞

薬局経営者でもある清水さん

薬局経営者でもある清水さん

 アスリートが、医薬品やサプリメントに禁止薬物が含まれていると知らずに使ってしまう“うっかりドーピング”。みどりや薬局(静岡県島田市)を経営する薬剤師の清水雅之さんはドーピング違反を擬似体験できるカードゲーム「ドーピングガーディアン」を開発し、アスリートらにその危険性を啓発してきた。切り札は薬剤師カード。使ったプレイヤーだけが裏向きに伏せられた禁止薬物カードを確認することができ、ゲームを優位に進められる。清水さんは「専門家である薬剤師に相談すれば、うっかりドーピングは避けられるということを体感してほしい」とゲームに込めた狙いを語る。

薬剤師への相談、重要性伝える

 清水さんはドーピング防止の専門知識を持った薬剤師“スポーツファーマシスト”。2012年に日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の認定を受けて、うっかりドーピングの危険性を講演などで啓発してきた。「ドーピングガーディアン」を開発して以来、受動的になりがちだった講演は、能動的な学びにつながる体感型イベントに様変わりした。清水さんは「アンチ・ドーピングの知識を広めていくためには、こうしたエンタメ要素が必要なのでは」と指摘する。

カードゲームの体験会も開催。禁止薬物を確認する様子

カードゲームの体験会も開催。禁止薬物を確認する様子

 カードは1セット67枚で、参加人数は最大5人。開始前に各プレイヤーに「トレーニングカード(得点)」「病気カード(減点)」「薬カード(減点の無効化)」「サプリメントカード(得点の倍加)」の中からランダムに選んだ3枚と、薬剤師に見立てた「ドーピングガーディアンカード」1枚の計4枚を手札として配布。プレイヤーは1ターンごとに山札からカードを1枚引き、手札から1枚を選んで表向きで場に出す。10ターン終了時に、場に出ているカードに記載されている数字を得点として計算し、その合計点数を競うというものだ。

 点数以外にも勝負を分ける要素がある。それが禁止薬物だ。ゲーム開始時に山札から5枚のカードを無作為に選んで裏向きに伏せる。その中にある薬やサプリメントのカードは禁止薬物となり、10ターン終了時に同じ絵柄のカードを場に出していたプレイヤーはドーピング違反で失格となる。

 そこでカギを握るのが「ドーピングガーディアンカード」。使ったプレイヤーは裏向きに伏せられた5枚のうち2枚を確認でき、禁止薬物のリスクを避けながらゲームを進められる。

 清水さんは「病気を治療するつもりで使った薬が禁止薬物に該当していることもある」と現実になぞらえて説明し「薬剤師に相談することの重要性をゲームで感じてほしい」と狙いを語る。

 カードゲームを発売したのは18年4月。累計で300個以上を販売し、既に全国47都道府県に行き渡っているそうだ。

 教育現場でも普及が進む。摂南大学薬学部講師の中原和秀さんは今年5月にラグビー部員約100人に対してカードゲームを使ったアンチドーピングセミナーを実施。セミナー終了後、部員らから「服用している薬に禁止薬物は含まれていないか」など質問を受けた。スポーツファーマシストでもある中原さんは「風邪薬やサプリメント、栄養ドリンクの中にも気を付けた方がいいものもある。身近な医薬品に潜む危険性を意識するきっかけになるのでは」と学習効果について語る。

言葉の説明より理解進む‐アスリートとの距離も縮まる

 清水さんがゲームの原型となるアイデアを思い付いたのは16年。スポーツファーマシストとして行き詰まりを感じていた頃だ。

 そもそもこの資格は認知度が低く、存在を知るアスリートは少ない。清水さんは地元のクリニックの医師に協力を呼びかけたり、SNSやブログを駆使したりして自らの存在を発信。出前授業にも出向くなど活動の場を地道に広げてきた。16年に開催されたリオデジャネイロパラリンピックに出場する車いすバスケット選手からの相談に乗るなど、アスリートと接する機会も徐々に増えた。

地元の野球部にアンチ・ドーピングを啓発

地元の野球部にアンチ・ドーピングを啓発

 同時に、アスリートとの対話を通して別の課題が浮き彫りになってきたという。「相談の多くは『薬を飲んでしまったが問題ないか』。禁止薬物を服用してしまった後にはスポーツファーマシストは対応できない」と清水さん。その上、言語による説明にも困難を感じていた。「科学や法律など専門的な知識をかみ砕いて説明することは難しく、アスリートも理解しづらい」と課題を語る。

 こうした課題を克服しようと生まれたのが「ドーピングガーディアン」だ。静岡市のゲームクリエーターの助言を受けて、小中学生でも理解できるシンプルなルールに落とし込んだ。薬の絵柄は、錠剤以外にも貼り薬や塗り薬などバラエティを増やした。皮膚も禁止薬物を摂取するルートの一つであることを理解してもらいたいからだ。病気の絵柄も、腹痛やアレルギー、発熱、ケガなど日常的に起こりうるものに限定した。

 カードゲーム発売以降の変化について、清水さんは「アナログゲームをするとアスリートとの距離が近くなり、相談してもらいやすくなった」と感触を語る。また、カードゲームを触媒にスポーツファーマシスト同士がつながり、関西や関東といった地域単位で連携の基盤ができつつあるそうだ。このカードゲームを足掛かりに、将来的にはスポーツファーマシストの活動に収益が生まれる環境を整えたい考えだ。

専門性の発揮が価値向上へ

 社会課題の解決につながっているという手応えが活動の原動力になっている。それは薬局薬剤師の仕事にも通じている。清水さんは「業務を通して、大きな社会問題の一端に触れることがあり、その問題を解決できると感じることもある。スポーツファーマシストの活動はその手応えが大きい」とやりがいを語る。

 09年に静岡県立大学大学院薬学研究科を修了した清水さんは、母親が経営するみどりや薬局に就職。その後、15年に事業を引き継いだ。当時から一貫しているのは地域密着型の薬局経営だ。薬局から徒歩5分ほどの場所にある自宅の一部を利用して、無料のボルダリング教室や認知症カフェなどを月3~4回程度開催。「薬局でいろいろな相談ができると知ってもらいたい」と力を込める。

 こうした活動を通じて、地域支援体制加算の取得など調剤報酬に結び付いたことから、「無償の活動もいつかは現金化できると思う。むしろ思っていたよりは早かった」と薬局経営の手応えを語る。

 地域活動やスポーツファーマシストの取り組みは、調剤報酬にしばられずに、薬剤師の職能を発揮できる場所づくりという意味でも重要だという。「例えば、生薬学の知識は普段の業務では使わないが、生け花教室を開いた時にはその知識を生かせたりする。専門性の高い能力を発揮できる場を広げていくことが薬局薬剤師の価値の向上につながるのでは」。薬剤師の職能をテーマに、第2作目となるゲームの開発にも意欲を示している。



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