麻薬取締官、通称「マトリ」。“少数精鋭”“危険なお仕事”いうイメージが先行する職業だと思います。大学でもおそらく詳しくは教えてもらえないと思われます。本日は、不正薬物の犯罪捜査を行っていらっしゃる加藤さん(仮名)に、謎に包まれた麻薬取締官の「ぶっちゃけ」をお話していただきました。
(聞き手=2020年度広報部 日本薬科大学4年・山沢智 東邦大学3年・小林幸恵 同3年・芝口歩那)
一瞬の行動見逃さず証拠収集‐乱用防止啓発や鑑定業務も
――なぜ麻薬取締官を志したのか教えてください。
麻薬取締官を志した理由は、麻薬取締官と聞いてかっこいいと思ったからです。大学の授業で先生に紹介され、「こういう仕事があるんだ」と、とても興味を持ちました。
――麻薬取締官になるために努力するべきこと教えてください。
最も大切なのは薬剤師の国家試験に受かることだと思います。せっかく内定が出されても国試に落ちてしまうと、全てが取り消しになります。まずは薬学生として日々の勉強を頑張ってほしいですね。
――麻薬取締官のお仕事は具体的にどのようなものがありますか。
大きく五つです。一つ目は規制薬物の捜査で、特別司法警察員として薬物犯罪にの捜査を行います。捜査業務には全体の7~8割の人員が配置されています。二つ目は癌の疼痛緩和に使われる麻薬など、正規流通麻薬の流通を監視・指導する仕事があります。三つ目は薬物乱用防止啓発活動や講演です。四つ目は薬物を使ってしまった人が再度乱用することを止めるための薬物再乱用防止対策です。五つ目は押収物件を鑑定する鑑定業務です。
――犯罪捜査はどのように行われるのですか。
薬物捜査に関しては、麻薬取締官は警察官と同じ権限を有しており、被疑者を逮捕して取り調べ等をします。例えば、Aが薬物を密売しているという情報を入手した場合、Aに対する捜査を開始します。
Aの行動を把握するため、Aの住んでいる部屋の張り込み捜査を行い、Aが家から出てきたら徹底的な尾行を行います。薬物の密売人ですから、いつかは薬物の密売を行います。
薬物密売行為は、路地で、すれ違いざまに「ブツ」と「金」を交換するなど、一瞬の出来事です。その一瞬の行動を見逃さず確認し、証拠を積み重ねていきます。
証拠収集をした上で、裁判所に令状を請求し、部屋などに踏み込んで捜索します。捜索の結果、規制薬物が見つかれば現行犯逮捕します。
逮捕した後は取り調べが始まります。取り調べでは事実関係を明らかにして、検察官に被疑者を起訴(裁判所に審理を求めること)してもらうまでが基本的な一連の捜査の流れです。
――危険を伴うお仕事というイメージがあるのですが、危険を感じた経験はありますか。
いかにリスクをコントロールして事故に遭わないかということをプロとして意識しています。例えば、人は不意に声をかけられると何も抵抗できません。そのような相手が油断しているときを狙い、取り押さえて捜索に入ったりします。
刃物が刺さらないようなチョッキを着たり、拳銃を携行したりすることもありますが、相手に刃物を持たれた時点で負けです。相手に刃物を持たれたりしないように小さなリスクを全部摘み取った上で、犯人を確保します。危険と隣り合わせの一か八かの仕事はしていません。麻薬取締官は戦後に組織されましたが、未だに殉職者は一人も出ていません。
手口巧妙化、様々ことに興味を‐薬学の知識、監視などに応用
――麻薬取締官として働く上で、モチベーションになるものがあれば教えてください。
この仕事はあまり人から感謝されません。でも、われわれが少しでも薬物を押収することによって今後薬物を使う人が減り、その人の人生が明るくなり、困っている家族が助かるかもしれない。そんな使命感がモチベーションです。
日本でも薬物使用の若年化が問題になっていますが、薬物が広まっている社会では、子供たちが悩んだときに薬物に手を出す可能性があります。そもそも薬物がなければ、いくら自暴自棄になったとしても薬物を使うことはないです。子供たちが安全安心に生活できるような環境を整えることも麻薬取締官の使命だと思います。
――麻薬取締官を目指す上で、向いている人物像はありますか?
被疑者を取り調べる際のコミュニケーション能力やパソコン操作に長けていること、体力があることなどいろいろなことができるのが理想です。しかし、チームで行動しているため、それぞれの長所を生かし短所を補いながら最終的に一つの成果が出れば良いと思います。
近年、秘匿性の高いメッセージアプリの使用やビットコインでの薬物代金の支払いなど、薬物犯罪も巧妙化してきています。好奇心旺盛で、いろいろなことに興味を持てる人は、麻薬取締官に向いていると思います。
――薬学部を卒業したことが強みだなと感じたことはありますか。
麻薬取締官の仕事には正規麻薬の監視・指導があります。病院や薬局に立ち入り検査に行き、薬局の帳簿を確認したり、カルテの記載内容を確認したりします。この時は、薬学部で学んだ知識が生かせるので、薬学部卒の強みです。
また、覚醒剤の現場での試験は、シモン反応などの呈色試験を用います。その反応の原理が分かるのも強みかと思います。
――電子機器や情報系、法律の知識が必要とのことですが、入職後に自分で勉強するのですか。
薬学部では薬剤師法などを学びますが、残念ながら麻薬取締官の実務では使いません。実務で扱う刑法や刑事訴訟法などは一から学ぶ必要がありますが、麻薬取締部に採用された後に研修などで勉強しますので心配しなくて大丈夫です。
――仕事を行う上で名前を明かさないといったことはありますか。
不必要に自分が麻薬取締官をしていることは言いませんが、当然、親や家族には言っていますよ。
薬物は社会全体の問題
――麻薬取締官は少数精鋭のイメージがあるのですが、人手不足などは感じますか。
麻薬取締官は全国に290人ほどしかいません。一方で警察官は全国で約30万人います。確かに人数は少ないですが、各取締官が自分の能力を最大限発揮し、効率的に捜査することで、人数の少なさを補っています。人手が足りないと感じた時は、業務を効率的に改善することで、解決しています。
――休みはどの程度ありますか。
公務員なので、1日の勤務時間は7時間45分、土日祝日が休みのカレンダー通りの勤務が基本です。しかし、相手がいる仕事なので自分のスケジュールだけでは動けません。24時間体制の尾行であれば、交代で対象者を監視するので勤務時間も不規則になりがちです。対象者の行動を確認する必要があれば休日も出勤しますが、休みがないということはなく、休日に出勤した分はきちんと休みを取れますし、夏休みもあります。メリハリをつけて仕事をしています。
――最後に、薬学生にメッセージをお願いします。
覚醒剤使用者の中には、「他人には迷惑をかけていない、覚醒剤を使って何が悪いのか」と開き直る人もいます。しかしそれは間違いで、周囲の人間を疲弊させます。薬物を買うのに必要なお金を身近な家族から無理やり手に入れたり、薬物のせいで平気で嘘をつき、大声で高圧的な態度を取る人もいます。たった一人、そういう人がいると周囲の人間が疲弊し、人間関係が崩壊します。
二次犯罪も恐ろしいです。数年前に危険ドラッグ使用者が車を運転し暴走した事件がありました。薬物を使った一人の人間が車を運転したために、全く関係ない人の命が奪われているわけです。
薬物は個人の問題ではなくて、社会全体の問題として非常に怖いものです。薬物は海外からたくさん輸入され、暴力団や海外のテロ組織の資金源になっており、より世界を不安定化させるためのお金に使われてしまっています。
麻薬取締官は決して楽な仕事ではないですが、私たちが規制薬物を少しでも多く押収することで、誰かを助けて、日本を守ることにつながっています。
少しでも多くの笑顔を増やすため、薬学生の皆さん、ぜひ一緒に働きましょう。