【ヒト・シゴト・ライフスタイル】カナダで知った薬剤師の存在意義‐業務の本質は予防と処方適正化 フォートロイヤルファーマシー 若子直也さん

2020年7月1日 (水)

薬学生新聞

若子直也さん

 カナダの先進事例を日本の薬剤師に伝えたい――。カナダの薬局「フォートロイヤルファーマシー」に務める若子直也さんはカナダで8年間、薬剤師としての経験を積んだ。製薬企業の研究者になるはずの人生は急転し、薬剤師の存在意義や本質を確かめたくて、海外で薬剤師になる道を選んだ。カナダの薬剤師はワクチン接種や禁煙外来療法など医師が実施する仕事を担い、薬剤師の存在意義は予防と処方の適正化にあることに気づく。カナダと日本を往復しながら、大学教授など有識者たちと薬局や薬剤師の活用に関する戦略会議を主催し、意見を語り合う。そして国会議員になり、薬局を取り巻く環境を変えるべく次の総選挙に出馬を予定している。約31万人の薬剤師が医療の一翼を担うための社会変革にこれから全力投球する覚悟だ。

権限が日本と雲泥の差‐予防接種や用法変更も

 若子さんは1978年生まれの42歳。研究者になりたくて京都大学薬学部を卒業し、京大大学院の修士課程を修了した。

 しかし、製薬企業の研究職は狭き門で、意中の外資系製薬企業はタイミングが悪いことに、若子さんが就職活動を開始する時期に日本での研究拠点を閉鎖した。海外勤務を望んでおり、研究者に代わる選択肢として米国で特許弁護士になるという道を考えた。東京で複数の特許事務所からも内定をもらった。にもかかわらず、海外で薬剤師として働くことを選んだ。

 「元々、薬剤師になりたくて薬学部に入学したわけではなかった」と話す若子さん。卒業後、大学院で研究しながら調剤薬局とドラッグストアでアルバイト勤務した経験もあったが、薬剤師のキャリアを追求したい気持ちはなかった。ピッキングなどの調剤業務に忙殺され、患者に対して形式的な情報提供しか行えていない薬剤師の存在意義に疑問を持った。薬の知識という専門性を生かすことができる領域とは思えなかった。

 特許弁護士としてキャリアを歩む直前に、米国やカナダの薬剤師が社会から尊敬される医療職の一つで、医師よりも上位にランクインしている事実を知った。実際に薬剤師業務を経験してみて、薬剤師にネガティブなイメージを持っていたはずなのに、北米での薬剤師の社会的地位の高さは大きな驚きだった。

 インターネット上から薬剤師に関する情報を収集し、出した結論が「北米で薬剤師として働いてみよう」。薬剤師になりたいから目指すのではなく、薬剤師がなぜ社会で必要とされているか、その理由を知るためには自分が薬剤師になるのが近道だった。

 トロント大学で薬剤師に必要な教育プログラムを学び、カナダの西海岸にあるブリティッシュコロンビア州で薬剤師免許を取得。2012年から8年にわたって薬局で薬剤師業務を経験した。

カナダで薬局薬剤師として活躍する若子さん

カナダで薬局薬剤師として活躍する若子さん

 カナダの薬局で働く薬剤師はプロ意識、薬剤師であることへの誇りに満ちあふれていた。ワクチンの予防接種を行い、禁煙療法としてニコチン代替療法を実施し、日本では医療行為に該当する業務を薬剤師が日常的に実施する。医師の指示通りに動くのではなく、医師が記載した処方箋に誤りがあれば、薬剤師が疑義照会を行うか、独自の判断で用法変更をすることもある。地域住民からの健康相談やOTC医薬品での軽医療も引き受けていた。

 薬剤師に医療職としての権限や裁量権が与えられており、その点においては日本とカナダは雲泥の差があった。若子さんは「地域住民にしてあげられること、提供できるサービスがたくさんあるからこそ、社会で必要とされていると実感している」と話す。

経済的視点を持ち患者に対応‐費用対効果の高い治療を選択

 薬剤師の職能がユニークな領域で発揮されていることも分かった。薬剤の費用対効果など経済的視点を持って患者に対応しており、薬剤師業務の本質は予防と処方の適正化にあった。フォーミュラリー制度下では医師が処方した薬が一部、保険償還の対象にならないこともある。処方箋通りに調剤してしまっては薬代が高額になり患者が困ることも起こり得る。保険償還の対象にならない場合には薬剤師が患者に説明を行い、納得できない場合は医師に処方変更の提案をする、または自らの権限で処方内容を変更することもある。費用対効果の視点からも監査機能を担っているのだ。

 地域住民と双方向でコミュニケーションを取りながら、最も費用対効果が高い薬物療法を選択する上で薬剤師が関与し、医療財政に貢献する。カナダは平均寿命が82歳を超え、高齢化が進行しながらも、国民皆保険制度は次世代まで維持可能といわれている国だ。日本でも国民皆保険制度を持続可能なものにするためには薬剤師の職能・機能を拡大し、医療の一翼を担うために、カナダの先進事例が参考になると考えた。

 日本の薬局数は約5万9000軒、薬剤師数は31万人。人口1000人当たりで見たときの薬剤師数はカナダの2倍に相当する。医師の働き方改革、タスクシフティングを支え、日本の国民皆保険制度を持続可能なものにするためには31万人の薬剤師を有効活用することが前提条件になる。

 先日まではカナダの薬局オーナー兼薬局長として薬局経営に携わる一方、数カ月ごとに帰国しては薬局経営者へのコンサルティング業務、各地で講演活動を続けた。昨年からは薬局と薬剤師の活用に向けて厚生労働省や保険者、都道府県薬剤師会の会長、大学教授が議論する場として戦略会議を主催し、薬剤師の存在意義を示すエビデンス構築に取り組んでいる。それでもスピード感が足らない。ならば自分が政治家になって変えてやると決心した。

 若子さんは、「自分のキャリアパスがどうあるべきかという目的においては一定の到達点にきている。あとは薬剤師を活用することで日本の医療をどう良くしていくか、そんなシンプルでも難解な問題に取り組んでいきたい」と話す。

国試は出発点、何をやるか探して

 趣味は料理。自ら考案したレシピは300種類とイタリアンやエスニック系まで広がっている。「凝り性なのでとことんやる」という性格で素材選びから調理までこだわる。終業後の楽しみ方を知ることで薬剤師の働き方を考えるようになり、「9時に出勤して6時には帰宅する。カナダにいて、ワークライフバランスがしっかりした生活がいいなと思えるようになった」と話す。

 薬学生に対しては、「6年間教育を受けてきたことを忘れずに薬剤師という職業のポテンシャルを信じてほしい。ただ、国家試験は出発点でしかないので、自分で何をやるか探していかないといけない」と助言する。若者の行動力にも期待しており、「疑問に思ったことは行動に起こしてほしい。薬剤師の職能を広げたいのであれば、薬剤師の声を政策の場に届けるにはどうしたらいいかを考え、主張できる環境を探すことが必要」とのメッセージを送る。



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