病院薬剤師の業務範囲は年々拡大している。近年は、病棟での業務の充実に加えて、入院中の医療を地域の病院や診療所、薬局、高齢者施設にうまくバトンタッチするなど、地域全体の薬物療法の連携に責任を持つことが求められている。これまで医師が手がけてきた業務の一部を担当し、医師の業務負担を軽減する役割も注目されており、重要な業務を担う職種として病院薬剤師の存在感はさらに高まりそうだ。
病院薬剤師の業務は、1990年代に本格化した医薬分業の進展で劇的に変化した。外来患者の調剤業務が手から離れ、浮いた薬剤師のマンパワーを病棟での業務に費やせるようになった。
当初は患者への服薬指導が中心だったが、医師や看護師と顔の見える関係を構築できるようになると、各病棟単位でチーム医療の一員として活躍する機会が増え、現在は手術室や集中治療室、救急救命室などにも進出するようになった。業務の質も変化し、医師への処方提案などを通じ、最適な薬物療法の設計に関わる機会が増えている。
こうした中、近年重視されている役割が、地域での連携強化だ。急性期病院に入院した患者は通常10日ほどで退院し、慢性期病院や高齢者施設に移ったり、紹介先の診療所に戻ったり、外来通院に切り替わったりして医療が続けられる。入院中の医療が上手く引き継がれるように病院薬剤師は、入院中の薬物療法の意図や変遷、注意点をお薬手帳に記載したり、文書で提供したりすることが求められる。
国は、地域の各施設や各職種が連携し円滑な医療や介護を提供する「地域包括ケアシステム」の構築を進めている。病院薬剤師は、入院期間中だけでなく、退院後も見据えた薬物療法の円滑な連携を今まで以上に意識する必要があるだろう。
病院薬剤師の職能拡大に向けて追い風も吹いている。2024年4月から、一般の業種では既に導入されている時間外労働の上限規制が医師にも適用され、勤務医の時間外労働時間が原則年間960時間以内となるよう、各医療機関での取り組みが求められる。
多忙な医師の業務負担を軽くするため、医師でなくても行える業務は他の職種に移管する“タスクシフティング”が進められており、この追い風に上手く乗れば病院薬剤師は今後、様々な役割を担えるかもしれない。実際に、先進的な病院では、医師と薬剤師らが事前に作成したプロトコールに基づき、薬剤師が医師等と協働して薬物治療を実施するPBPMという仕組みを使った取り組みが始まっている。
このように病院薬剤師の業務範囲や役割は広がっているが、そもそも十分なマンパワーを確保できなければ、それだけの業務を実践できない。依然として、地方にある病院や中小病院の多くは薬剤師不足にあえいでおり、業務を広げたくても調剤業務に専念せざるを得ないという問題もある。
近年は、薬剤師が全体的に不足しているというより、都市部や大手薬局に人材が集中するなど薬剤師の偏在が問題視されており、これをどのように解決すればいいのか、関係者は頭を悩ませている。
中小病院や地方の病院には、その病院ならではの魅力がある。医師との距離は近く、関わり方次第で医療に深く入り込める。医師は頻繁に異動するが、薬剤師はその病院に居続けることが多いため、病院の中枢機能を担うことも可能だ。こうした魅力を理解し、薬剤師としての長いキャリアプランの中で、選択肢の一つとしてこれらの病院で働くことも検討してもらいたい。