【ヒト・シゴト・ライフスタイル】発達障害テーマに書籍を執筆‐病院で出会った青年が主人公 スウィッチ・エージェンシー 臼井志乃さん

2021年3月1日 (月)

薬学生新聞

著者で薬剤師の臼井さん。人形のモデルは主人公の青年

著者で薬剤師の臼井さん。人形のモデルは主人公の青年

 発達障害の青年の半生をノンフィクションで描いた書籍「ギザギザハートのアスペルガー」が昨年12月に発売された。著者は、青年の担当薬剤師だった臼井志乃さん。昨年、高知県の精神科病院を退職し、薬剤師の就職支援サービスを手がける会社を立ち上げた。発達障害を抱える人の就職マッチングも視野に入れる。臼井さんは薬局から急性期病院、精神科病院などへと転身を重ねてきた。自身の人生を「ビルド・アンド・スクラップ」と振り返る。今後は、病院への就職を希望する薬学生らと現場をつなぐ橋渡し役を担う考えだ。

 同書は、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群(ASD)の青年、中原慎太さん(仮名)を主人公にしたノンフィクション。中原さんの手記をベースに臼井さんが解説を加えた。憎しみをエネルギーにして生きる青年が、人生に希望の光を見出すまでの過程が描かれている。

 2人が出会ったのは2017年。臼井さんが当時勤務していた高知県の精神科病院で退院時服薬指導を担当した。臼井さんは、当時の青年の様子を「目も合わさない。何を考えているか分からない。複雑な家庭環境などが原因で、外部との関係を遮断していた」と振り返る。

 約1年半後、院内のデイケアで中原さんに再会。人に優しく接する様子を見て驚き、変化の理由を尋ねると「友人との再会、デイケアでの人との触れ合いなどがよかった」と答えが返ってきた。中原さんの心には「自分の経験を生かして、世の中の役に立ちたい」という意志が芽生えていたという。

 書籍出版は偶然の積み重ねで決まった。仕事一筋で生きてきた臼井さんは大学進学を控える1人娘との時間をつくりたいと考え、昨年3月に思い切って病院を退職。時間に融通の利く個人事業主としての活動を模索していた。

 そんな時に、ある県議会議員と出会い、精神科病院での経験を伝えると「シンポジウムで話さないか」と提案を受けた。臼井さんは中原さんに「2人で話そう」と声をかけ、打ち合わせを重ねた。

 しかし、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でいっこうにシンポジウムは開催されない。そこで、中原さんの手記を出版することを思いつき、議員に紹介してもらった地元出版社で書籍の出版が決まった。既に増刷が決まるなど売れ行きは好調だ。

 書籍に込めた思いを「引きこもっている人でも本なら読んでもらえる。一歩踏み出す勇気のない人の背中を押したい」と語る。

 中原さんが回復していく様子を臼井さんの視点から解説するページも多い。「発達障害は薬が少なく、薬物治療に関わりにくい。薬剤師がそこに深く関わることができた貴重な事例だと思う。薬剤師にも様々な形で、できることがあると伝えたい」と話す。

転身重ねチーム医療学ぶ‐「薬剤師は大きな存在」

 臼井さんは1999年に徳島文理大学薬学部を卒業。高知県内の地方の薬局で勤務した後、2001年に高知市内の薬局に転職。管理薬剤師として新店立ち上げに携わるなど経験を積んだ。

 転機が訪れたのは05年。縁あって、最初に勤務した薬局の前にある地方の病院に転職することとなった。病棟業務やチーム医療を実践できる病院で「薬局とは全く異なる業務で1年くらいは自ら医師に提案するようなことはできなかった」と振り返る。

 入職して1年が経った頃、救命救急で病院薬剤師が果たす役割の大きさを知る出来事があった。ある日、脳梗塞を起こして意識のなくなった患者が病院に運ばれてきた。脳の血栓を溶かすt-PA治療を実施したところ、意識が回復。再び話せるようになる姿を目の当たりにした。

 t-PA治療で薬剤師が担う役割は大きい。患者の体重によって薬の投与量は異なるため、その都度計算する必要がある。病院到着後40分以内に投与しなければならないという時間の制約もある。わずかな誤差で患者の生死が左右されるため、投与量は寸分の狂いも許されない。速さと正確さを実現していたのが、臼井さんら薬剤師だ。

 その病院で勤務した8年間で、薬剤師の職能に対する考えは大きく変わった。「薬剤師にとってのスキルは薬学的知見。チーム医療でいかに大きな存在かを学んだ」と語る。

 12年、わけあって地方を離れることになり、市内の急性期病院に転職した。入職当時の業務内容は調剤が中心で、薬剤師が職能を発揮できる環境ではなかった。

 入職して1カ月が経った頃、臼井さんは体調不良で退職した薬局長の代わりを務めることになった。前病院で得た知識やノウハウを生かして、積極的に薬剤師業務を拡大。クリニカルパスや癌化学療法レジメンの作成など、多くの業務を薬剤部が担う体制を整えた。

 5年ほど勤務すると、自分が不在でも薬剤部の業務が滞りなく回るようになった。「作り上げた」という満足感はあったが、物足りなさも感じた。「私の人生はビルド・アンド・スクラップ。経験のない精神科病院で働こうと考えた」と転職を決意し、16年に精神科病院に移った。そこで出会ったのが、いずれ大きな変身を遂げることになる中原さんだった。

病院勤務の経験を生かし、薬剤師の就職マッチングを手がける会社を立ち上げた

病院勤務の経験を生かし、薬剤師の就職マッチングを手がける会社を立ち上げた

 臼井さんは昨年、精神科病院を退職し、薬剤師の人材紹介サービスを手がけるスウィッチ・エージェンシーを立ち上げた。高知県内の病院への就職や転職を希望する薬学生や薬剤師を対象に一人ひとりに合った職場を紹介する会社だ。

 現在は、就職支援の事業を軌道に乗せるべく奔走している。病院の求人は多いが、県内に薬系大学がないため、紹介できる薬学生が少ない。職場見学ツアーや薬局長の経験を生かしたアフターフォローなど、独自のサービスで薬学生を呼び込みたい考えだ。

 薬局運営や人材育成を支援するコンサルティングサービスも手がける。薬剤師が職能を発揮しきれる環境を各病院でつくりたいという思いからだ。

 社名は、かつて西洋でウィッチ(魔女)と呼ばれた薬剤師と、明かりを灯す電気のスイッチを掛け合わせてできた。薬剤師が明るいキャリアを描けるようにという思いが込められている。

 病院への就職や転職は専門性の高さや給与などを理由に二の足を踏む人も少なくない。臼井さんは「チャレンジしたいと思う人が挑戦できる環境をつくりたい」と意気込む。将来的には、発達障害を抱える人の就職支援サービスにも事業を広げたい考えだ。



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