【ヒト・シゴト・ライフスタイル】子供に寄り添う発達支援を模索‐製薬企業退職し支援所開設 NPO法人 発達はじめの一歩 理事長 染川武之さん

2021年11月1日 (月)

薬学生新聞


染川武之さん

 子供一人ひとりの発達に寄り添いたい――。そう話すのは、茨城県つくば市で児童発達支援所「ことばとこころの教室 カナデル」を運営する「NPO法人 発達はじめの一歩」理事長で、薬剤師の染川武之さん。社会的支援が不足している発達障がいの現状を知り、製薬企業を退職し今年6月にカナデルを立ち上げた。子供一人ひとりの個性に合った質の高い療育が求められ、答えがない難題に保育士や看護師、音楽療法士、言語聴覚士などの専門スタッフと話し合いながら、チームとしてどんな支援ができるのかを考える日々。壁にぶつかりながらの毎日だが、児童発達支援の先進事例として全国に発信できる日を夢見てチャレンジを続けている。

オーダーメイド型の療育‐プログラムは常に試行錯誤

 つくば駅からおよそ2km離れたカナデルには、発達障がいを持つ子供とその保護者が訪れる。

 出迎えるのは、保育士や看護師、音楽療法士、言語聴覚士と様々な資格を持ったスタッフたち。教室では、子供一人ひとりの発達段階や特性に合わせて、人と関わる楽しさを育む「個別療育」が行われる。音や色、アートによる「音と形の療育」、友だちと一緒に遊びながら人との関わり方、ルールなどを楽しく学べる「グループ療育」も組み合わせている。

 教室では机を挟んでスタッフと子供が向かい合い、子供のすぐそばで保護者が心配そうに見守る。母子(父子)同席による療育を大切にしている。

 染川さんは「発達障がいを持つ子供の保護者は困難を抱えている。子供が課題をクリアした時のスタッフの喜びの顔、ほめている姿などを自宅に持ち帰ってもらって、日々の生活の中に取り入れてもらえれば」と話す。カナデルは発達障がいを持つ子供の保護者支援にも力を入れている。

 発達障がいは、生まれつき見られる脳の働き方の違いにより、幼児のうちから行動面や情緒面に特徴がある状態で、こうした特性が見逃されると子供が生きづらさを感じ、引きこもりや不登校、うつ病の発症など社会問題につながるとも言われている。早期発見・早期療育が重要だ。

演奏や遊びを取り入れた療育を行っている

演奏や遊びを取り入れた療育を行っている

 カナデルの児童発達支援事業は、発達障がいを持つ子供一人ひとりに合ったオーダーメイド型療育プログラムの提供にこだわるのが特色だ。この業界では、療育を全国展開するために、スタッフが誰でも実践できる標準的なプログラムを開発する動きがあるが、それとは方向性が異なる。保護者が抱えている困りごとや、発達障がいを持つ子供に何ができるようになってもらいたいかを時間をかけて聴取し、子供ともコミュニケーションを取り、子供一人ひとりの個別支援計画を作成し、療育を作り上げていく。

演奏や遊びを取り入れた療育を行っている

 オーダーメイドで質が高い療育を目指すと言っても、子供の特性には多様性があり、すぐに成果を出すのは難しい。ある子供にうまくいったプログラムを別の子供に試してみたら、今度はうまくいかなかったという経験は日常茶飯事だ。

 チーム内で「なぜうまくいかなかったのか」を共有し、次のプログラムに生かす。学びと実践を繰り返し、答えを探す日々だ。

 道のりは厳しくともカナデルの基本方針には揺らぎはない。「児童発達支援が事業として発展してきたのは最近10年のこと。スタッフには『満足しないこと、学び続けることが大事』と伝えている」。個々のスタッフのレベルアップとチームの底上げに取り組み、大きな志を持って高い目標にチャレンジしている。

早期療育の重要性知る‐「福祉を変えたい」思い強く

 染川さんは1996年に京都薬科大学を卒業後、武田薬品にMRとして入社した。営業成績は優秀で社長賞を受賞したほど。18年には、社内公募制度を利用してグローバル本社の医療政策・アクセス統括部で働くことを志願し、採用された。

 同部は、各自治体が抱える地域医療の課題と向き合い、行政とタッグを組んで政策的な意見交換を経て課題解決に取り組んでいる。染川さんは、全国の各自治体を取材し、先進地域での好事例を他の地域に横展開していった。中核市の好事例を他の都道府県の中核市に、10万人以下の小規模な市町村の好事例を同じ規模の市町村へと、地域医療提供体制をサポートしたノウハウを似た課題を抱える自治体に還元し、自治体からの信頼を勝ち得てきた。

 人生の転機となったのは昨年。医療政策・アクセス統括部での経験を買われ、営業部門の精神・小児精神科領域北東北チーフとして配属された際に、小児科医師から発達障がいの話を聞いた。

 「発達障がいを持って生まれた子供たちに早期診断・早期治療ができれば、ティーンエイジ(10代後半)でのその子の未来が大きく変わる。未就学児のように脳の発達段階で、質の高い療育を受ければより効果は大きくなる」

 「小児精神のことを勉強していても、当時は早期療育に関する知識は持っていなかった」と話す染川さん。医療政策部門に在籍していた時のように、先進的な児童発達支援事業を展開するNPO法人理事長にアポイントを取り、詳しく話を聞いてみると、発達障がいに対する早期療育の重要性や、当事者・その家族を支援する受け皿やネットワークが日本に少ないといった現状が見えてきた。

 発達障がい支援の課題解決策を考えるうちに、福祉を変えたい、児童発達支援を変えたいという強い思いがこみ上げてきて、「自分が療育を提供する立場になるのが最良の方法ではないか」という結論に至った。「武田薬品を定年まで勤め上げ、退職後にNPO法人を運営してみたい」という人生設計はすぐに実行すべきミッションに変わった。安定した生活を捨てることへの葛藤もあったが、昨年11月に武田薬品を退社し、半年間の準備期間を経てカナデルの運営をスタートした。

 武田薬品に在籍していた頃と環境は一変した。カナデルの運営全般に加え、人事や経理など経験したことのない業務もこなさないといけない。設立のために借金もした。休みなく働き、体重も大幅に落ちた。武田薬品退職後は苦労の連続の日々を送っている。

地域住民に支えられ運営

 重圧が大きい一方で、児童発達支援事業所が地域に根付いて活動することの社会的意義の大きさも再認識した。発達障がいを持つ子供はこだわりが強い特性もあり、家の近くで遊び場を見つけることができず、親子で孤立してしまうケースもある。カナデルは、つくば市の後援で火曜日と金曜日の午前中、0~6歳の未就学児を対象に地域開放型の「あそびの広場」を開催している。

 発達障がいを持つ子供やその家族に限定せず、誰でも参加することができ、参加費も無料だ。ホームページを見た地域住民からの予約ですぐに一杯になる。

 発達障がいを持つ子供と家族が地域住民と接点を持つことができる。カナデルの活動を地域住民に知ってもらう機会にもなる。「ここは何をやっている場所なんですか」と聞かれて活動内容を説明すると、「頑張ってください」と背中を押される。カナデルの取り組みに共感した地域の支援者から寄付や遊具・おもちゃなどの寄贈を受けるたびに、地域に支えられて運営できていることを実感する。

「カナデル」のホームページ https://kanaderu.org/

「カナデル」のホームページ https://kanaderu.org/

 好きな言葉は一期一会。武田OB、大学の友人、カナデルを支えるつくば市や地域の人たちなど、人と人のつながりがあれば大きな仕事ができる自信も生まれた。

 最近は、つくば市だけではなく、他の自治体からも発達障がい支援の相談を受けるようになった。「武田薬品の医療政策・アクセス統括部で地域の先進事例を全国で横展開してきたように、いずれはカナデルの経験を全国の他団体に発信し、発達支援のネットワークを日本全体に広げたい」。発達障がい支援の未来を明るいものにするために、なんとしてもカナデルで成功事例を作り出す。



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