【これから『薬』の話をしよう】エビデンスの適用が難しい理由

2022年4月15日 (金)

薬学生新聞


医療法人徳仁会中野病院薬局
青島 周一

青島周一氏

 医療者にとってエビデンス(医学論文)は、臨床判断のよりどころになるものです。エビデンスを踏まえない治療方針の決定は、科学的な判断とは言えないでしょう。しかし、明らかな有効性を報告したエビデンスでさえ、その情報を合理的に適用することが難しい状況もあります。

 新型コロナウイルスワクチンは、同感染症の発症率を95%低下させることが報告されています(PMID:33301246)。スタチン系薬剤の心血管疾患に対する予防効果が20~30%であることを考えれば、この効果は極めて大きなものです。一方で、新型コロナウイルス感染症に対するイベルメクチンの有効性は、これまでのところ明確に示されていません。ただ、もし仮にイベルメクチンが新型コロナウイルス感染症の症状回復を10時間ほど早めるというエビデンスがあったとしましょう。目の前の患者さんに対して、ワクチンとイベルメクチン、どちらのエビデンスが適用しやすいといえるでしょうか?

 顕著な有効性が示されたワクチンでさえ、その効果に否定的な価値観を抱く人は少なくないですし、様々なメディアが報じているようにイベルメクチンに肯定的な価値観を抱いている人も存在します。先ほどの状況において、医療現場におけるエビデンスの適用機会は、ワクチンよりはむしろ、イベルメクチンの方が多いように思えるのです。

 優れた感染予防のエビデンスよりも、症状の回復をわずかに早める程度のエビデンスの方が適用しやすいとはどういうことでしょうか。これはエビデンスに示されている効果の特性に起因しています。予防は「リスク」に対する効果ですが、症状の回復は「疾病」そのものに対する効果です。疾病は極めて生活に強く影響を及ぼす一方で、「リスク」は集団(社会)を観察した時に初めて理解できるものでしょう。

 現代医療は疾病だけでなく、そのリスクについても関心の眼差しを深めています。高血圧や糖尿病の治療も健康リスクの管理が目的なのであって、疾病の治癒を目的としていません。そもそも、高血圧や糖尿病と名指されるものは、疾病というよりはむしろ「状態」です。高血圧や糖尿病の治療が当たり前のように受け入れられているのは、これらの「状態」がもたらすリスクとその管理が、社会的に広く認知されているからに他なりません。予防という概念には社会的な視点が織り込まれています。社会的な視点と個人の生活のギャップが大きいほど、リスクに関するエビデンスを合理的に適用することが難しくなるといえるでしょう。



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