セクシャルリプロダクティブヘルスアンドライツ(SRHR)という言葉を耳にしたことはあるだろうか。直訳すると「性と生殖に関する健康と権利」。自分の体は自分のものであり、プライバシーが守られ、差別や強制、搾取、暴力を受けず、自己決定が尊重されることを当たり前にしようとする考え方のことを指す。この考え方を広めるため、昨年10月に一般社団法人「SRHR pharmacy PROject」を立ち上げたのが、荒川区で薬局薬剤師として働く鈴木怜那さんだ。SRHRに関する勉強会の開催や地域住民との交流、国に対する意見書の提出などの活動に取り組んでいる。
低用量ピルをテーマに講演‐SRHR尊重しアドバイス
活動の一つとして3月上旬に開いたオンライン勉強会。この日、鈴木さんは低用量ピルをテーマに講演し、月経や月経痛の起こる仕組み、低用量ピルの種類や未来について分かりやすく解説した。講演後は、プロジェクトの会員とセッション形式で、薬剤師が低用量ピルの問題にどう関わることができるのかを説き、低容量ピルとSRHRの関係、女性の主体性の大切さを訴えた。
勉強会の開催は今回で3回目。1回目は「プレコンセプションケア」、2回目は「緊急避妊薬の現状」をテーマに開き、他職種の専門家を講師に招いて薬剤師会員らと共に知識を深めてきた。勉強会のほかにも、思春期や働く若い世代を対象とした相談室やワークショップを荒川区内で月に1回開催。海外で注目を集める青少年に優しい薬局(ユースフレンドリーファーマシー)を日本でも確立すべく、活動に力を入れている。
鈴木さんが勤める荒川区のOGP薬局には、健康に関する相談に応じてほしいと様々な患者が訪れる。鈴木さんは「月経や妊娠に関する悩みを持つ女性は多い。薬局は関連する医薬品等を取り扱うことができる。サービスを提供する薬剤師がSRHRを尊重した姿勢を持ち、適切なアドバイスを行うことが大切」と強調する。
薬剤師の両親が営む薬店で、OTC医薬品販売を主体に地域密着の店舗作りに取り組む姿を間近で見てきた鈴木さん。進路に薬学部を選択。普段から相談を受けたり人の話を聞いたりするのが好きだったこともあり、調剤以外の方法で患者と接したり、相談を受けたりする薬剤師になりたいと夢を膨らませた。
2012年に北陸大学薬学部を卒業し、調剤業務に加えてOTC医薬品の販売も行う薬局に就職。複数店舗で基礎業務を学びながら、薬剤師採用の手伝いやイベント運営なども任され、「忙しくも仕事が楽しい日々を送っていた」。
17年に結婚。妊娠の機会に恵まれず不妊治療も考えたが、職場を異動するとすぐ妊娠した。前職の仕事は一人薬剤師で退勤も遅くなることが多かったが、今の職場に移ってからはほぼ定時に退勤できるようになった。鈴木さんは「メンタルは大丈夫でも、長時間拘束で身体は大丈夫ではなかった。女性はストレスの自覚が難しいことを、身をもって体験した」と当時を振り返る。
転機が訪れたのは、産休や育休から復帰したある日のこと。かかりつけ薬剤師制度が始まった頃で、職場で自身に関するアンケートに答える機会があった。当時は既に新人と呼べる時期を過ぎており、周りの友人や同僚と比べて、取得済みの資格や認定を記載する欄に何も書けない自身に焦りを感じたという。
「地域密着」を合い言葉に仕事に取り組んだ過去に後悔はなかったが、客観的な指標となる肩書きは持っていなかった。「地域密着とは何なのか」と改めて考えたのもこの時期だった。
そんな思いを抱えながら、女性のヘルスケアをテーマにした製薬企業主催の勉強会で、月経や不妊の話を耳にした。自身の身体に起こったことや、不妊治療をしている同級生の話を思い出しながら、「もっと早い段階で悩みを持つ女性にアプローチできないか」と考えた。
緊急避妊薬OTC化で意見書‐薬剤師がアクションを
「勤務する荒川区には女性ヘルスケアに詳しい人がいなかったため、勉強して話せるようになろう」と思い立った鈴木さん。早速、世代別健康イベントの企画準備に取りかかった。思春期から30代後半を対象とした「あらかわ生理部」、40代から60手前の更年期を対象とした「あらかわゆらぎ部」、閉経後の60代以降を対象とした「あらかわ生き生き部」を立ち上げ、月1回の頻度でイベントを開いた。
昨年はツイッター上で知り合った有志団体「りんごプロジェクト」で、薬剤師をはじめとする医療従事者によるワークショップを荒川区で主催。スパイスクラフトコーラ作りや日本酒講座など住民が楽しめる企画のほか、保健師らと組んで「SRHRユース相談室」を設置。思春期の性に関する悩みや女性ヘルスケアに関する講座を開いたり、相談を受けたりした。
りんごプロジェクトの活動の中で、緊急避妊薬のスイッチOTC化の議論が進まない状況に、薬剤師がアクションを起こす必要性を実感。社会的な信用を得て発信力を高めるため一般社団法人「SRHR pharmacy PROject」を立ち上げた。
今年1月には「緊急避妊薬のスイッチOTC化に係る検討会議での議論」に対する意見書を厚労省に提出。SRHRを尊重した早急な緊急避妊薬のOTC化を訴えた。「何もしないで待っていたら制度が変わるまで10年かかるかもしれない。世間的には『若い薬剤師たちが何か言っているぞ』という感覚なのかもしれないし、嫌われるかもしれないが、外からアピールしていきたい」と熱を込める。
今後はプロジェクトでの活動を通して、「薬剤師として、もっとSRHRを広めていきたい」と話す。現在の薬学教育は人権教育が手薄で、人が生まれながらに持つ権利、女性の権利、薬剤師の人権の意識が根付いていないという。権利を主張しないことによる機会損失に目を向けるべきと危機意識を持っている。
23年度から学生の勉強会への参加は無料にする。「もっと若者に興味を持ってもらいたい。自分の身体を知ることからスタートし、パートナーや両親、友人などにも考えてもらうきっかけになれば」と語る。
「薬局は病院より敷居は低いが、調剤ありきのイメージが強い。地域住民に近い目線で話を聞きながら、日常で誰にでも起こり得る不安を取り除くことのできる存在になれれば良い」と鈴木さん。幼少期から夢見た理想の薬剤師像の実現に向けて活動を加速させている。