【これから『薬』の話をしよう】引用の誘惑に注意せよ!

2024年1月20日 (土)

薬学生新聞

医療法人徳仁会中野病院薬局
青島 周一

青島周一氏

 世界的にも有名な医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)」の元編集長であるインゲルフィンガー氏は、1976年に「引用の誘惑(Seduction by Citation)」と題した社説を公表しています(PMID:972662)。この社説で同氏は、「医学に関する書籍や論文には、読者を参考文献のリストへと導く、上付き文字の数字がふんだんに散りばめられているが、この数字が単なる信頼性の飾りにすぎない可能性に注意せよ」と警鐘を鳴らしています。

 参考文献として多数の学術論文を引用している医療情報は、科学的な妥当性が担保された信頼性の高い情報だと思われることでしょう。しかし、情報の作成者が誤って論文を引用したり、作成者の主張にとって都合の良いように、不適切な仕方で論文が引用されたりすることも少なくありません。

 学術論文の不適切な引用は、医学論文でも散見されます。学術論文の引用妥当性について検討したシステマティックレビューによれば、検討対象となった医学論文28文献のうち、25.4%で学術論文の不適切な引用を認めました(PMID:26528420)

 査読という科学的妥当性を保証するためのシステムが機能しているはずの医学論文でさえ、学術論文の誤引用が2割以上存在するという結果です。一般の方を対象とした医療情報においては、引用元の論文内容を過度に単純化したり、厳密な正確性に欠けた引用をしたりしているケースが、軽視できない頻度で発生しているように思います。

 科学にとって、不正確な論文引用の全てが有害であるとは言い過ぎかもしれません。しかし、影響力の強い論文内容が誤って解釈され、その主張が事実確認なしに繰り返し引用される事態になれば、社会的にも重大な問題が引き起こされるかもしれません。

 例えば1980年に、医療用麻薬製剤を投与しても麻薬中毒に至ってしまう症例はごくわずかであることを報告した研究論文が、NEJMに掲載されました(PMID:7350425)。しかし、この論文を引用した608論文のうち約8割の論文で、同研究が入院患者のみを対象としていたことに言及していませんでした。入院患者においては、外来処方と比べて、医療用麻薬が適切に管理されており、依存症のリスクが低いといえるでしょう。このように、無批判で誤解を招きやすい論文の引用が、米国におけるオピオイド危機(オピオイド系鎮痛薬の乱用による依存症の蔓延と死亡者の増加)の一因となった可能性も指摘されているのです(PMID:28564561)



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