【ヒト・シゴト・ライフスタイル】動物病院で活躍する薬剤師‐希少な存在、認知度向上目指す 苅谷動物病院グループ 市川総合病院 園部俊輔さん

2024年6月15日 (土)

薬学生新聞

園部俊輔さん

 「動物病院の薬剤師として働いています」――。千葉・東京を中心に展開する苅谷動物病院グループ市川総合病院の園部俊輔さんは、獣医師になる夢を叶えられなかったが、動物病院の薬剤師という前人未踏の領域に飛び込んだ。「言葉を話すことができない動物がしっぽを振って元気になる姿を見るのが嬉しい」。動物の隣で働く幸せを感じながら5年半が経過し、獣医師や看護師、飼い主が薬に関して園部さんに信頼を寄せてくれるようになった。ただ、動物病院の薬剤師は“希少種”で社会からの認知が低いのも事実。園部さんは「動物病院に薬に詳しい薬剤師がいる世界が当たり前になってほしい」との思いを持ち、SNSを通じて全国の動物病院で働く薬剤師がつながるコミュニティを結成した。薬剤師の力で動物・飼い主が笑顔になれる社会を目指している。

薬の専門家として信頼得る‐獣医師らとの意思疎通が重要

 園部さんが働く苅谷動物病院グループ市川総合病院は地域中核病院で、高度医療や先進医療を実施し、夜間救急にも対応するなど治療体制が整備された病院となっている。

 診療は完全予約制で、指定した時間に来院してもらい、問診や体温、心拍、呼吸数などの測定後に医師が診察するという流れだ。園部さんは処方に基づき薬を調剤し、飼い主に渡す。

 「抗生剤を飲むと腸内バランスが崩れて下痢や軟便が出ることもありますが、安心して下さい。明らかに水のような便、血便が出るようでしたらまた連れてきて下さい」。薬を渡す際には説明を添えて飼い主を不安にさせない。

 ペットの家族化が進む中、「この子のためにできることはないか」と考える飼い主も多い。園部さんからの薬の効き目や副作用に関する説明に、「薬剤師さんから聞けて安心して飲めました」と満足してくれることも増えた。

業務中の園部さん

業務中の園部さん

 動物病院では獣医師が目の前の動物の診療に当たりながら、院内で処方・調剤している現状がある。獣医の診療を補助する愛玩動物看護師は国家資格化されている。一方で薬剤師を雇用する動物病院は少数だ。

 園部さんは獣医師や看護師とコミュニケーションを取りながら、一つひとつの処方について投与量を丁寧に確認している。ヒト用医薬品は添付文書で用法・用量が定められている。動物への薬投与は小児科医療のように「体重当たり何mgを投与する」といったきめ細かな用量調節が求められるが、用法・用量が明確でない。

 当初は「やっていけるか不安だった」と話す園部さん。薬剤師が動物病院で何ができるのかを考え、仕事に取り組んでいった結果、獣医師をはじめ看護師や病院スタッフから薬の専門家として頼られる存在になった。

 転機となった出来事がある。ある日、獣医師から園部さんに呼吸器疾患治療薬「テオフィリン徐放錠」の粉砕指示が来た。テオフィリン徐放錠は体内でゆっくり溶けるよう製剤が設計されており、粉砕してしまうと血中濃度が急激に上がってしまい、期待する治療効果を発揮しない可能性がある。

 動物病院では飼い主が希望する剤形で薬が提供されており、中でも多いのが「錠剤を粉末に砕き、粉薬にする」という処方だ。粉薬をペットフードに混ぜることで、ペットへの服薬負担を減らせるからだ。薬の専門家がいない獣医療では、薬の特性を考慮せず、漫然と錠剤粉砕が行われている実態があった。

業務中の園部さん

業務中の園部さん

 園部さんは獣医師に徐放錠に関する製剤上の工夫を説明し、薬の効き目の問題から粉砕してはいけない薬があることを伝え、錠剤で提供するよう提案した。ヒトの医療であれば薬剤師から医師に処方提案してもその処方が変更されるかどうか分からない。しかし、獣医師は「錠剤を粉砕してはいけない薬があるとは知らなかった、ありがとう」と快く受け入れた。薬剤師の存在意義を理解してくれたのが嬉しかった。

 この出来事を契機に園部さんに信頼を置いてくれるようになった。「この薬は粉薬にしていいのか」「薬を分割したいが何分割までであれば大丈夫なのか」など医師から薬の相談を持ちかけられるようになった。

 動物医療における薬物療法は正解がない世界。そこに薬剤師の存在価値がある。園部さんは、「自分の中で違和感を抱いたら、“本当にこれでいいのかな”と振り返られるスキルが大事。『通常1日2回投与の薬で出ていますが、1日1回で問題ないですか』などと確認し、こまめにコミュニケーションを取ることを欠かさないようにしている」と話す。薬剤師が獣医師の処方意図を理解し、処方に少しでも疑問があれば確認を取り、薬によるトラブルを未然に防いでいる。

動物に関わる仕事、夢叶える‐薬剤師仲間とコミュニティ結成

 もともと園部さんは獣医師志望だった。高校1年生の頃、家で飼っていた愛犬を動物病院に連れて行った際、動物や飼い主に寄り添って対応する獣医師の優しさに触れた。

 ケガをしたネコを抱えて動物病院に現れた小学生。所持金が500円しかなく困った様子だったのを見て、『500円でいいよ、連れてきてくれてありがとう』と診察を行う姿に「先生のような優しい獣医師になりたい」と心に誓った。

 しかし、現実は思い通りにいかない。大学獣医学部の合格を目指して2浪したが、夢は叶わなかった。併願していた東北医科薬科大学薬学部に合格し、薬剤師に進路を変更した。

家で飼っているネコ

家で飼っているネコ

 卒業後はチェーン薬局の薬剤師として社会人生活をスタート。その後にがん研有明病院(東京都江東区)に職場を変え、病院薬剤師のスキルを身に付けた。そして複数の薬局で管理薬剤師を経験した。

 薬剤師として着実にキャリアを積む一方で、動物病院で薬剤師免許を生かした新たな職能にチャレンジしてみたい気持ちも持ち続けていた。分岐点になったのは34歳の頃。インターネットで「動物病院 薬剤師」と連日に渡って検索し、チャンスがめぐってきた。

 その求人は「動物病院アシスタント」とされていたが、求める人材像は「薬をメインに業務ができる人」「薬剤師だと望ましい」と追い求めていた仕事のイメージと合致した。それが現在勤務している苅谷動物病院グループとの出会いだった。

 動物に関わって仕事をすることが夢だった。「医師とは『この薬はこういう使い方でいいですよね』と同じ目線で議論し、それが実際にうまくいくと医師からや飼い主からも感謝されるようになった」と喜びをかみしめる。

 苅谷動物病院グループに入職した看護師に対する新人研修、看護師全体に向けた勉強会の講師として、調剤時の注意点や薬の薬効薬理、作用機序などを説明する役割を担う。新人研修は4年連続で実施しており、「下の世代の底上げができている」と話す。

 今後の目標は動物病院の薬剤師という職能の社会認知度を上げることだ。実際、病院や薬局で働く薬剤師に今の仕事を伝えてみても「そんな仕事あるの?」と驚かれるばかり。

 「自分と同じ境遇の薬剤師も仲間とつながりたいと考えているのではないか」と考え、動物病院薬剤師のコミュニティを作ろうと決心した。通信アプリ「LINE」を用いてネットワーク作りに動くと、北海道や名古屋市、大阪市にいる8人の仲間と出会うことができた。中には、新卒薬剤師を採用した動物病院があることも知った。現在はコミュニティを通じて、定期的に仕事の悩みや今後の目標を語り合う。

 園部さんは「動物病院にも薬剤師がいることを皆さんにも知ってもらいたい。動物病院のスタッフや飼い主にも知ってほしい。動物病院に薬に詳しい薬剤師がいる世界が当たり前になると嬉しい」とSNSや学会などを通じて動物病院の薬剤師という仕事を発信していく考えだ。

 もちろん、動物病院で働く意思のある薬学生の挑戦も歓迎する。「医師や飼い主に分かりやすく伝えられるコミュニケーション能力が必要。自分から発信する力を持ち、信念を持ってやり通せる意志の強い人であること。こうした要素があれば成功できる。一緒に頑張りましょう」と激励のメッセージを送る。



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