北海道石狩市に今年8月、医療的ケア児の在宅訪問に注力するコロポックル薬局が誕生した。開設したのは病院勤務を経て独立した薬剤師の飯田祥男さんだ。人工呼吸器による呼吸管理など日常的な医療的ケアが必要となる子供「医療的ケア児」に対応できる薬局は全国的に少ない。飯田さんは、種類の多い薬剤の小分けやアプリ上での相談に応じるなど、保護者の肉体的・精神的負担の解消に取り組む。薬剤師向けの研修を通じて全国に医療的ケア児に対応できる薬局を増やしたい考えだ。
保護者の負担解消取り組む‐薬剤小分け、アプリで相談も
医療的ケア児は、新生児特定集中治療室に長期間入院後も人工呼吸器や胃ろう等を使用し、痰の吸引や経管栄養等の医療的ケアが日常的に必要となる0歳の新生児から18歳未満までを指す。退院後は在宅での医療的ケアが中心になる。仮死状態で生まれた子供を救う医療技術の進展によって全国的に増加傾向にあり、2010年から10年間で1万0702人から2万0180人にまで倍増している。
人工呼吸管理、ネブライザーによる薬液の吸入など薬剤師の関与が求められるケアは多いが、「対応経験のある薬剤師は多くはなく、医療的ケア児に対応可能な薬局が全国的に少ないなど課題が山積している」と飯田さん。「医療的ケア児の保護者も、ケアについて相談する相手がいない、急変時の対応、兄弟姉妹の子育てが疎かになるといった悩みを抱えている」と医療的ケア児を取り巻く環境を語る。
飯田さんは04年に共立薬科大学(現慶應義塾大学)大学院医療薬学研究科修士課程を修了後、薬局勤務を経て道内の病院薬剤部で働き、内科病棟担当時に医療的ケア児と保護者に関する実態を知った。保護者は、受け取った大量の薬剤を自身で小分けしていたり、自宅に近い薬局で調剤を断られたりするなど、課題が多かった。精神的負担だけでなく、「人工呼吸器に必要な水は呼吸器の材料であるために院外処方ができず、病院から重量のある水を複数セット持ち帰る必要がある」との肉体的負担もあった。
小児における在宅医療が充実していない現状に疑問を感じていた飯田さん。北海道立子ども総合医療・療育センター薬剤部の勤務を経て、医療的ケア児と家族が安心して生活できる環境を実現させるため、今年8月に石狩市に医療的ケア児の訪問薬剤管理指導に注力するコロポックル薬局を開設した。開局から1カ月半で14人の患者が来局し、このうち医療的ケア児の在宅訪問は5件。車で10~30分ほどかけて、週3回の頻度で患者宅を訪問している。
医療的ケア児の処方箋の特徴として、薬剤の種類の多さが挙げられる。ある医療的ケア児では、抗てんかん薬、降圧薬、ビタミン剤など計18種類が処方され、朝14包、昼7包、夕方11包を服用する。通常、調剤された薬剤は保護者が1~2時間かけて薬剤ごとに小分けしているが、コロポックル薬局では散薬調剤ロボットを導入し、薬剤の選択、秤量、配分、分割、分包等を全て担っている。湿気を吸収することで溶けにくくなる薬剤もあるため、アルミ製の袋に詰めて吸湿を防ぐなどの配慮も欠かさない。
薬剤を全て粉砕した上で一包化する場合、調剤に5時間程度かかる。飯田さんは、「成人では15分程度で終わるものでも、医療的ケア児の場合は140分ほどかかる場合もあり、薬剤師の理解がなければ対応が難しい現状がある」と話す。
LINEを利用したアプリ「つながる薬局」も活用し、アプリ上で処方箋の送信を受け付け、保護者が来局する負担を軽減している。同アプリで服薬管理の相談等に対応するほか、調剤した薬剤を服薬しやすいよう小分けした様子を動画で撮影し、保護者に確認してもらうことで満足度の向上につなげている。保護者間での口コミを受けて新規相談が届き、飛び込みの来局にも対応した。
飯田さんは、「保護者は出産後に初めて子供が医療的ケア児であることを知る。ゼロからのスタートとなるため、薬剤師による在宅訪問の存在を知らない人が多い。薬剤師が薬を届けられることを情報提供する必要がある。保護者が薬の管理に時間をとられるのではなく、保護者としての役割を果たせる時間を作るのが自分の仕事」と薬局設立の意義を強調する。
薬局のアピールが当面の課題だ。「市役所や保健所は開局を把握していると思うが、保護者が知っているかどうかは分からない。町内会や養護学校で医療的ケア児への対応が可能とPRしていきたい」と話す。
成人後のケア児雇用を視野に‐対応薬局増加目指し勉強会
開局の準備として株式会社を立ち上げたものの、資金面で課題があったため、今年6月にクラウドファンディングを実施した。募集開始から1カ月ほどで目標の100万円に到達し、最終的には100人超から約113万円を集めることができて開局に至った。
小児薬物療法認定薬剤師の資格も持つ飯田さんは、小児医療に関心を持つ薬剤師や薬学生等が参加する小児薬物療法研究会に所属し、小児医療に関する情報交換や学会での研究成果発表にも取り組んでいる。学会のシンポジウムに参加する中で、医療的ケア児向けデイサービスを展開するNPO法人ソルウェイズの共同代表と知り合い、その活動に協力することになった。
ソルウェイズは医療的ケア児が宿泊できるインクルーシブな施設づくりをはじめ、切れ目のない支援と地域生活の実現を目標としている。同施設は来年4月、コロポックル薬局の隣接地に開設予定。小児科クリニック、病児保育、ショートステイに対応した複合施設で、調剤は基本的に施設内で行われる予定だが、一部は院外処方となり、コロポックル薬局での処方箋応需枚数は増加する見通しだ。
現在は飯田さん1人で薬局業務全般を担っているが、複合施設の開設等の影響で人員不足が予想され、来年4月までに薬剤師と事務員を1人ずつ雇用したい考え。成人となった医療的ケア児を事務員として雇用することも視野に入れており、「小腸が短いために24時間管理が必要で、輸液バッグを背負っているなどの理由から雇用に難色を示す企業は多い。そのような人を雇用することで、新しい雇用の創出につながるのでは」との見通しを示す。
一般的に薬剤師は、研修で医療的ケア児について学ぶ機会はあるが、実際に接する機会は多くない。患者と家族の居住地も対応可能な医療機関の近隣に偏在しているため、患者が少ない地域の薬局では対応方法が分からない。飯田さんはオンラインで不定期の勉強会を開催。コロポックル薬局を見学したいとの薬剤師の声も届いている。「医療的ケア児を見たことがない薬剤師がどう対応すれば良いか、どのようなスキルが必要かなどを研修できる薬局はほぼないため、これらが可能な薬局にしたい」と見据える。