朝霞台中央総合病院薬剤科
岡田 亮介氏
およそ100人に1人は発症するといわれる「てんかん」。適切な薬物療法によって発作のコントロールができれば、健常人と変わらない生活を送ることができる。その一方で、年単位での服薬が必要となり、薬の専門職である薬剤師の適切な関わりが求められる病気でもある。ありふれた病気でありながら社会的偏見にさらされる「てんかん」治療において薬剤師は何ができるのか。てんかん治療の第一線で働く薬剤師へのインタビューをもとに探った。
根強い社会的な偏見‐啓発活動が重要に
てんかんは脳の神経細胞が異常な興奮を起こし、場合によっては発作を引き起こすこともある脳疾患だ。およそ100人に1人は発症するといわれていて、日本国内の患者数は100万人以上と推定されている。発症する原因は大きく分けると2つ。脳全体で興奮が起こる「全般性」と脳腫瘍や脳卒中などの病気で脳が傷つき、一部から興奮が始まる「焦点性(部分てんかん)」である。
てんかんの治療は薬物療法がメインだ。抗てんかん薬を1剤からスタートし、2剤までの併用によっておよそ60~70%の人が発作をコントロールできるようになる。ただし、2年以上かけて複数の抗てんかん薬を用いても効果が見られなければ「難治性てんかん」と診断され、外科手術の対象となる。
諸外国に比べ、日本ではてんかん患者に対する外科手術はあまり普及していない。今後は普及していくことが見込まれるものの、現状の施術数は欧米の2分の1以下ともいわれている。そのため患者にとって薬物療法の成功が、
治療の成否を握る鍵ともなっている。
効き目の優れた抗てんかん薬も次々と登場し、適切な薬物療法によって発作がコントロールできれば、健常人と変わらない生活を送ることができる。しかしそのためには長期に渡って、正しく服薬を続ける必要がある。
“いかに服薬アドヒアランスを上げるか”が治療のキーポイントになるため、そこに関わる薬剤師の役割は大きい。
昨年10月に「てんかんセンター」を開設し、専門医による外科手術も積極的に取り組んでいる朝霞台中央総合病院薬剤科(埼玉県朝霞市)の岡田亮介氏は「最低でも数年間、毎日欠かさず服薬する必要があります。副作用などへの誤解から自己判断による服薬中止を招かないように、特に時間をかけて服薬指導を行っています」と、服薬アドヒアランスの重要性を指摘する。
長期間、服薬を続けるということは、それだけ副作用が発現するリスクが高まるということでもある。薬剤師は抗てんかん薬の副作用で頻度の高い、「眠気」「発疹」「めまい」の徴候が見られないか注意深くチェックすることが求められる。
岡田氏は、「副作用は服用後すぐに出るものや、長期間服用した後に出るものなど様々です。患者さんには『こんな症状が出たらすぐに病院に連絡し医師に相談してください』と注意喚起をしています。また、外出時の発作などに備え、お薬手帳を携帯してもらうことも大切です」と話す。
てんかんの治療は急性期から慢性期、さらには社会復帰へとつながる一連の流れを支えるために、多職種がチームで取り組むことが大切だ。医師、薬剤師、看護師、リハビリ専門職はもちろんのこと、正確な診断に欠かせない「長時間ビデオ脳波モニタリング」に関わる検査技師など多岐に渡る。
さらに、精神障害の一つに区分されるてんかん患者は、「障害者自立支援医療」の対象となるため、行政サービスが用意されている。スムーズな社会復帰を支援するため、ソーシャルワーカーによるサポートも重要だ。
100人に1人というありふれた疾患であるにもかかわらず、てんかん治療には多くの課題が残っている。てんかんを治療する診療科が複数にまたがり、横断的な治療の提供体制がないことや、てんかんに対する社会的な偏見などだ。
欧米では広がりつつある「てんかんセンター」や「てんかん外来」は日本ではまだそれほど多くはない。潜在的な患者数は100万人以上といわれているが、国の調査では20数万人程度しか把握されておらず、患者が適切な診断と治療を受けられていない可能性が潜んでいる。
またここ数年、相次いで起きた痛ましい自動車事故は、てんかん患者に対する差別が助長される危険をはらんでいる。日本てんかん協会などの調査によれば、患者の多くが職場や学校など、日常生活における周囲からの差別に悩んでいる。
このような偏見をなくし、てんかんに関する正しい知識を周知することも医療従事者の大切な役目だ。朝霞台中央総合病院では4年ほど前から一般向けの「市民公開講座」を開き、てんかんに関する啓発活動を行っている。てんかんに関する最新の治療を提供すると同時に、一般の人に対して正しい情報を発信する――わが国のてんかん治療において医療従事者に求められるのは、まさにこの点に尽きるのではないだろうか。
〈参考文献〉知っておきたい「てんかんの発作」 朝霞台中央総合病院脳神経外科部長 東京女子医科大学てんかん外来 医学博士 久保田有一著