平賀愛さんは、在宅療養支援診療所「医療法人双樹会よしき往診クリニック」(京都市)で働く薬剤師だ。在宅医療は、診療所のスタッフだけでなく、地域の多職種が関わる総合的なチームで行うもの。平賀さんは、診療所内のチーム医療の円滑化に貢献するほか、院外処方箋の調剤や訪問薬剤管理指導を担当する薬局薬剤師の窓口にもなって、診療所の内外を問わず多職種が上手く連動して機能する“潤滑油”としての役割を果たしている。近年の在宅医療の広がりによって、こうした薬剤師の業務が新たに生まれた。「患者さんの生活まで支えられるのは達成感がある」と語る。
よしき往診クリニックは、住み慣れた自宅や地域で住民が人生を全うできるように、患者やその家族を支える医療機関。医師の守上佳樹院長が病院の総合内科医として約10年間勤務した経験を踏まえ、2017年4月に設立した。「患者や家族が安心して過ごせるように24時間、365日支える医療機関が地域にないなら、自分でつくるしかない」との決意が背景にある。
現在は常勤医師4人、非常勤医師十数人、看護師3人、薬剤師1人、医療事務6人、広報2人、庶務1人のスタッフで約200人の在宅患者を受け持ち、看取り率は69.6%(n=117、17年4月~19年3月)に達している。
平賀さんはよしき往診クリニックの発足時からスタッフに加わった。守上院長は小学生時代を兵庫県の芦屋市で過ごした幼なじみ。社会人になってからも顔を合わせる機会があり、診療所の発足計画を聞きつけて「立ち上げに加わりたい」と手を上げた。
それまでは10年間、関東のドラッグストア併設調剤薬局で働いていた。そもそも神戸電子専門学校を卒業した後に、帝京大学薬学部に入学し学び直したのは、阪神淡路大震災を経験したからだ。災害などで苦しむ人を支える仕事をしたいと考えて薬学部を選び、薬剤師になった。調剤薬局ではその実感が少なく、産休を機会に自分がやりたかったことを見つめ直して、患者に深く関わることができる在宅医療の世界に飛び込んだ。
各職種が職能発揮‐医師の負担を軽減
診療所が薬剤師を雇用するのはまれなケースだ。全国の多くの診療所には薬剤師は配置されていない。常勤医師が2人以下の診療所には薬剤師を配置する義務はなく、常勤医師が3人以上の場合には義務が生じるものの、医療法には「知事の許可を受けた場合はこの限りではない」とのただし書きがある。
こうした背景に加えて、在宅療養支援診療所は、診療報酬の関係から処方箋を院外に発行するところがほとんど。院内での調剤業務はほぼ発生しないため、薬剤師を雇用するという考えにはなりにくい。
それでも薬剤師を雇用した理由について守上院長は「医師の力だけで、24時間365日対応する体制を持続的に維持するのは難しい。多職種が連携するチームの力が必要と考えた」と振り返る。ただでさえ医師の業務は多忙を極める。医師は、医師にしかできない業務に集中し、医師でなくても可能な業務は他の職種が担当するというのが基本的な考え方だ。各職種は、それぞれの職能の視点からチームを支えるほか、メディカルコーディネーター(MC)を兼任し、医師とペアになって患者宅を訪問する。
平賀さんは、薬剤師兼MCとして週1回程度、医師の訪問診療に同行。現場での電子カルテ入力や医療処置などを補助する。対処すべき問題が大きい場合など一部の症例では院内で調剤し、訪問薬剤管理指導に出向くこともある。
このほかは診療所内の業務で多職種を支えることが多い。その一つが処方箋の入力支援業務だ。医師の訪問日に合わせて薬剤師は事前に、処方箋の仮オーダを電子カルテに入力する。前回訪問時の状況や薬局薬剤師からの報告を踏まえて処方を調整する。必要な数量を確認し、用法用量のチェックも行った上で、仮オーダを入力する。
訪問当日に医師はそれを確認し、必要に応じて内容を変更。その院外処方箋を持参して訪問診療を行い、体調等に応じて処方内容を現地で変更して患者に渡す。それを受けた薬局薬剤師が後で、調剤した薬を手に患者宅を訪問するという流れになる。
この支援体制は、医師の負担軽減になるほか、多重チェックによって投薬事故の防止にもつながる。各医師の処方意図を平賀さんが把握しているため、主治医以外の医師が訪問に出向く場合には中継役となって詳しい情報を伝達できるという。
医師の処方設計を支援する機会も多い。処方箋の仮オーダ入力時やカンファレンスでの討議時、訪問診療への同行時、医師から問い合わせを受けた時など様々な場面で処方変更を提案する。「薬剤師が診療所内にいることで、薬局薬剤師は相談しやすい。『朝は飲めているが昼は飲めていない』など様々な情報が入ってくる。それを踏まえて医師に提案することもある」と平賀さんは話す。
患者により深く関わり、支える
17年12月には、地域の薬局、病院、ドラッグストアの薬剤師が集まる勉強会を立ち上げた。数カ月に1回の頻度で集まり、今や顔見知りの関係に。連携強化には、この勉強会が役立っている。
薬局薬剤師の疑義照会にも、直通の専用電話を設けて平賀さんが一括して対応。以前は事務員が中継していたが、その業務負担は大きく減少した。
診療所内外の多職種をつなぐ薬剤師の役割について守上院長は「チーム全体の潤滑油として機能してもらっている」と語る。「診療所に薬剤師がいることで、同じ共通言語を持つ薬剤師間のコミュニケーションがとてもスムースになる」と強調する。
在宅医療に関与し始めて3年目。平賀さんは「院外処方箋を調剤しているだけだったら、患者さんの様々な課題を解決してあげたいと思っても介入しづらい。今は地域のケアマネージャーに相談したりして、その人の生活環境の改善まで関わることができる。一人ひとりの患者さんをより深く、生活のことまで含めて支えられるのは達成感がある」と語る。
今後は「地域の中で、よしき往診クリニックの薬剤師といえば平賀さん、と認知されたい。地域の多職種との連携のハブ的存在として、より連携しやすい関係づくりを手伝いたい」。最近は、診療所を代表して病院の退院時カンファレンスに出席する機会も増えてきた。こうした機会を通じて病院内の多職種との連携も深めたい考えだ。