多職種連携で患者フォロー
滋賀県草津市にある淡海医療センター(420床)の薬剤部で働く大橋泰裕さん。入職9年目になる薬剤師だ。中央業務のほかに循環器内科の病棟業務を担当。心不全患者の自己管理を退院後も継続的に支援できるように、保険薬局との連携強化に力を入れている。薬以外の生活全般を指導する機会も多い。「1人の医療者として何をするか。仕事の幅は広い」とやりがいを語る。
11月のある日。大橋さんは8時30分から始まった薬剤部での朝礼、カンファレンスに参加した後、注射薬処方の定期鑑査を実施。9時15分には病棟5階に出向き、担当する循環器内科の薬剤師業務を開始した。
10時30分頃、狭心症の70代男性が入院する病室を訪れた。経皮的冠動脈形成術(PCI)を受けて退院する患者に、大橋さんは服薬指導を実施。処方薬の用法用量、注意事項などを伝えた。退院後の食生活もアドバイス。糖尿病を併発するこの男性に、血糖値をコントロールしやすい食事の方法、フレイル(虚弱)予防に必要な蛋白質を摂取しやすい方法などを伝えた。
11時からは同様に狭心症を患う60代男性のもとを訪れ、退院前の服薬指導を実施した。心不全の合併もあることから、症状進行の原因となる喫煙や塩分の摂りすぎを控えるよう丁寧に伝えた。
この患者には心不全治療薬のレニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害薬、β遮断薬が処方されている。患者の心臓超音波検査(心エコー)や血液検査の結果を確認し、大橋さんは、心不全に適応拡大された糖尿病治療薬のSGLT2阻害薬を次回外来受診時に追加で処方してもらえるよう医師に提案しようと考えた。糖尿病を併発するこの患者に、同剤の処方は心不全の予後改善のほか、血糖管理にも役立つ見込みだ。
11時30分から心不全カンファレンスに参加。再入院を防ぐ退院後の支援のあり方を多職種で検討するもので、この日は80代男性の患者を対象に、病棟看護師、退院支援担当看護師、理学療法士、管理栄養士らと支援の方向性や問題点を話し合った。
昼休憩を挟み14時から退院調整カンファレンスに加わった。入院中に身体機能や認知機能などが低下した患者の社会的支援などの方向性を、多職種で話し合った。
15時には再び病棟業務に戻り、服薬指導や患者情報収集などを実施。17時30分には業務を終え病院を後にした。
大橋さんは2013年に摂南大学薬学部を卒業。実務実習で訪れた病院で見た薬剤師の業務にやりがいを感じ、現在の道に進んだ。
入職当時は分からないことも多かったが、必死に勉強し、キャリアを重ねるうちに知識やスキルも身に付いた。院外処方箋の発行が始まった17年からは病棟業務も始め、多職種や患者と接する機会も増えた。
2年前には心不全療養指導士の資格を取得。心不全カンファレンスのまとめ役を担っている。「学んできた知識が病棟業務で点から線になった。循環器領域において専門性が高い業務を展開できている」と語る。
課題は地域連携体制の構築だ。心不全患者は退院後しばらくして急性増悪を起こし、再入院を繰り返すという経過をたどる。狭心症や高血圧が要因となるほか、薬の飲み忘れ、食事の不摂生、ストレスなどでも悪化する。再増悪を予防するには、患者や家族、地域の医療・介護スタッフと協力し、入院中と同様の管理を在宅でも継続する必要がある。
大橋さんはこれまで、退院後の生活の注意事項を伝え、患者らの理解を得ていたつもりだったが、自己管理の不徹底などを理由に再入院になるケースが少なくなかった。そこで一昨年から薬局と連携して退院後の患者の自己管理を支援する取り組みを始めた。
服薬状況や体重、食習慣など定期的にチェックしてほしい項目を記載した「心不全フォローアップシート」を保険薬局にFAXで送付。入院中と同様の患者フォローを薬局薬剤師に依頼する。自己管理の継続につながるなど一定の手応えを得ている。
心不全患者の入院期間はおおよそ18日。病院薬剤師が患者に介入できる時間は限られている。「退院後、薬局で適切なケアを受けられるよう、有益な情報を提供していきたい」と語る。
仕事を頑張る理由を「人を楽しませることが好きなのかもしれない」と話す大橋さん。「ライフスタイルを変えてもらわなければならないけれども、患者さん自身が好きなことも大切にしつつ、病気とも付き合ってほしい」と語る。
薬という枠組みだけで業務を考えてはいない。「1人の医療人として患者さんに接したい。薬はもちろん、薬以外のことでも困っていることに対応したい」と話している。