道行く人に屋台で温かいお茶を配り、雑談を通じて悩みなどを聞く薬剤師が関東にいる。まんまる薬局(東京都板橋区)で在宅医療に特化した薬剤師として働く石丸勝之さんだ。病院や薬局などでは話せない不安や不満などに耳を傾ける存在になることを目指し、2021年の秋に活動を開始。2年後をメドに独立して喫茶店と調剤薬局を併設した「調剤喫茶」の常設店舗を設けたい考えで、腰を据えて住民と交流できる場所を築く夢に邁進している。
お茶飲みながら健康相談‐患者のリアルな声届く
「みかんの皮って健康に良いのかしら」「ビタミンが入っていて、利尿や解毒の作用もあります。かぜの時には煎じて飲めと言われていますね」
石丸さんは、折りたたみ式の屋台「調剤喫茶farmateria」を引き、ハーブティーや漢方をブレンドしたお茶を通行人に無料で提供しながら、そんな会話を住民と交わす。東京都内北千住の団地内にある薬局の店頭や、石丸さんが住んでいた東武練馬駅前の2カ所で月1回ずつ、地域の祭りなどイベントも合わせると月3~4回ほどの頻度で出店している。
提供するお茶は常時5種類ほどを用意。秋はキンモクセイ、冬はほうじ茶や紅茶など、季節によってラインナップを変える。石丸さんは、「お茶を構成する生薬が健康に良いものだと女性のお客様の反応が良かったり、利尿作用のある黒豆茶がよく飲まれたりする。冬は生姜やシナモンなどを入れて身体の芯から温まるようにしている」という。
高齢者が客層の中心で、雑談の中から抱えている悩みを引き出して受け止める。ジェネリック医薬品やお薬手帳に関する疑問のほか、長文で石丸さんのSNSに相談を寄せる人もいる。自分が受けている治療が正しいのか、治療を受けても改善した気がしないなどの声が寄せられる。薬の専門家の視点から、相談者が抱えている症状や服用中の薬からどのように医師と会話すべきかなどをアドバイスしている。
会話のきっかけづくりとしておみくじを屋台に置く。地域の祭りに出店した際はかき氷とお酒も提供した。調剤喫茶の取り組みに協賛し、店頭を貸してくれる薬局の店主に勧められ、オリジナルのハーブティーも開発。客から好評を得ている。
石丸さんは「お茶の品質で勝負はしていないし、効果もしれている。ただ、そこに副次的な効果を加えればその人の生活を少しでも変えられると思っている」と事業の意義を強調する。
「近所の頼れるおっさん」として地域のコミュニティの中心になりたいと考えた石丸さん。地域住民の会話が交わされる喫茶店の店主になることを目指した。「喫茶店の井戸端会議で愚痴をこぼせば話を聞いてくれて、時には他の人につないで結果的に良い方向に持っていく存在になりたかった」という。
薬剤師になった後も喫茶店でコーヒーを淹れる夢を追い、調剤薬局と喫茶店を併設した「調剤喫茶」の構想を練った。しかし、飲食のプロではなくコーヒーに詳しくもなかったため、すぐに喫茶店を立ち上げるのは難しいと判断。ランニングコストが小さくても事業を始められる方法を模索し、屋台を出店するアイデアに至った。
同様の事業が既に兵庫県豊岡市で始められており、インターネット上で必要な資金を募るクラウドファンディングで元手を集めたと知り、石丸さんも21年9月から約1カ月間にわたって募集を行った。
目標額を10万円に設定していたが、開始から3時間ほどで目標を達成し、結果的に約70万円が集まった。そのため、クラウドファンディング実施中から準備を進めることができ、屋台の完成にこぎ着けた。募集時のコメント欄には、「ぜひ実現してほしい」「いつも応援している」といった激励のメッセージが寄せられ、「調剤喫茶をやりたいという夢を周囲に語ってきて、この夢を発信してきた価値があると実感した」と自信を得た。
事業スタートから約1年が経過した。石丸さんは「薬局や病院では聞けないリアルな声を拾える。今までは患者がいかに本音で話してくれていなかったかが刺さるように分かった」と率直に語る。患者は治療効果に不満を持っていても薬局等では「いつも通りだよ」と答える人が少なくないが、屋台での会話を通じて不満や不安が鮮明に見え、今までの見方が覆ったという。
在宅で柔軟性ある医療学ぶ‐地域の人の日常を支えたい
石丸さんは東邦大学薬学部を16年に卒業。卒業時点で調剤喫茶を立ち上げる計画だったが、現在の医療システムや病院の内情を理解する必要があると考え、病院薬剤師として就職した。薬剤師として必要な知識、多職種連携など求められるスキルを3年間かけて学んだ。病棟責任者も経験し、「患者がどのような医療を受けて退院していくか、一連の流れに携わっているスタッフの思考や動きが分かるようになり、チーム医療の考えを学んだ。座学では想像するしかなかった世界を肉眼で見られたのが良かった」という。
その後、独立を見据え、病院から施設調剤を中心に取り扱う調剤薬局に転職した。患者と会話する機会の少なさを実感し、門前薬局にも異動した。門前薬局では、コミュニケ-ション面で患者との壁を感じ、調剤喫茶立ち上げへの思いを強くした。この時点で立ち上げる考えだったが、石丸さんが現在勤務する「まんまる薬局」の社長と出会い、在宅医療の現場を知ることの重要性を説かれ、在宅医療に特化した薬剤師として活動を始めた。
在宅医療を通じて、ガイドラインなど「正しい医療」と言われるものが必ずしもベストではないことを実感。患者の生活にどれだけベストを落とし込めるかという思考が生まれた。「在宅医療に関わる総合診療医からは柔軟性のある医療の形を見て学ぶことが多い。通常は1日3回服用する薬を朝晩だけ服用するなど、白黒ではなくグラデーションで考えられるようになった」という。
反面、生活環境が患者ごとに異なるため、正解がないことが難しい点とも語る。そのため、薬以外の話をする機会が増えたほか、自分のスマートフォンに花の画像や演歌を入れるなど、患者の興味や関心への理解を深めるよう心がけている。
薬剤師として様々な現場に関わってきた。薬学生に向け、「新卒で就職後に燃え尽き症候群になる人を沢山見てきた。薬剤師になること自体を夢にしないでほしい。資格や知識を用いてどんな人になりたいか、どうありたいかをイメージしてキャリアを形成してほしい」と語る。
2年後をメドに勤務先から独立し、薬局を併設した喫茶店を開設する構想を練っている石丸さん。「地域の人の日常を支えることがやりたいことの根幹。常設の店舗で腰を据え、お客様にゆっくりとしてもらえる空間で、点ではなく面で支えたい」と話す。屋台の冬期休業期間中に常設店舗の開店に向けたアイデアを蓄え、クラウドファンディングの実施も検討したいという。