日本薬学生連盟広報部は、中央アジアのキルギスで薬学教育事業を担当する学校法人医学アカデミーグループの中島大理(なかじま・だいすけ)さんにインタビューを行いました。杉林澪(慶應義塾大学薬学部4年生)が聞き手となって、中島さんが現在のキャリアを選択したきっかけや働く上でのモットーなどを教えてもらいました。薬学生の皆様が自身のキャリアを設計する上で参考になれば幸いです。
学ぶ喜びを他人とシェア
――薬剤師教育事業を通してキルギスにどのような変化がありましたか。
キルギスには、薬剤師が5年間で250時間の研修を受ける義務がありました。そこで、私たちは日本の医療を学習できるeラーニングを使った研修を行いました。初年度は160人程度の参加者でしたが、私たちの事業に対する企業や薬剤師の満足度は高く、4年目の現在では1000人ほどになりました。研修を受けた薬剤師は学んだことを現場に生かそうとしています。私たちのプロジェクトは現地のテレビや最大手のウェブニュースを通して広がり、キルギス国内でも注目されています。
――キルギスの方々が興味を持ち前向きに取り組むことで、よい方向に変わりそうですね。
このプロジェクトによる成果というより、キルギスの方々の学びに対する強い意欲によるものだと思っています。今までは学ぶ場所や教材が十分になかっただけです。それらがあればeラーニングの受講率は80%以上に達し、テストの点数も大幅に上がるという結果が出ました。私たちの事業がなくても数十年後には良くなっていたでしょう。日本の技術が入ったことで、状況を改善するのにかかる時間が少し短くなっただけなのではないかと考えています。
――キルギスと日本での勉強の姿勢など違うところはありますか。
キルギスの学生は前向きです。テストが終わった後に先生に抱きついて学びを身に付けられた喜びを表し、他人とシェアする文化があります。勉強がお祭りのような捉え方をされ、学習モチベーションが高まる部活のような雰囲気で学んでいます。
一方、日本の学生はとても勤勉です。例えば、テスト最終日に海外旅行に出かけてしまう学生は日本ではいないですよね。キルギスにはそのような学生がいて、文化の違いに驚きました。どちらが良い悪いではありません。お互いの国で異文化交流ができればとても面白いと思います。
薬学生の勉強に対する意識の差はあまり変わりません。薬を通して命を預かる職業を目指す以上、どちらの国の学生も勉強熱心です。実はキルギスの学生は理系の科目が苦手で、その点で論理的に物事を考えることの多い日本の学生とは少し違っています。
しかしキルギスは多言語の国であるため、言語に関わる部分はとても得意です。インターネットを通じて他国の情報を得て、視野を広められているのではないかと思います。一方、日本人は英語があまり得意ではないため、日本語に翻訳された情報しか見ない人も多いと感じます。
医療の改善にも携わる
――海外プロジェクトに挑戦しようと思った理由を教えてください。
私は唯一無二の仕事をしたいと考えています。誰もやったことが無い仕事をして若いうちから替えのきかない人財になるために、私が海外というキャリアを選択したことは非常に合理的だったと思います。それに、シンプルに面白そうだったからです。やったことがないことにワクワクしませんか。
――確かにワクワクしますが、新しい挑戦に不安を感じてしまいそうです。
私自身、事業への参加を決めた後、海外に行くことに対して無意識にストレスや不安を感じていたようです。実際に、海外渡航前は、そのストレスで味覚障害になったほどです。しかし、不安だと思っていましたが、楽しさが上回ったら行動するという選択をしてよかったです。抑えきれないワクワク感や高揚感があった時にキャリアを考えることが多いです。とにかくワクワクした時にすぐにやるということしか考えていません。
――キルギスでのプロジェクトの最終的なゴールは何でしょうか。
キルギスでの薬剤師教育改革のお手伝いをきっかけに、例えば病院の改善もしています。キルギスにも、日本と同じように大病院やクリニックのような様々なタイプの医療機関があり、フリーアクセスでどこにでも行けます。しかし、特に都市部では大学病院に患者が集中してしまいます。そこで、患者の重症度に合った医療機関を受診してもらう仕組み作りもしています。
国のプロジェクトに関わる中で、WHOとの連携や情報交換をすることもあります。薬剤師だけでなく、医師や看護師の教育にもリーチしています。その結果、キルギス全体の医療を見ることになりました。
日本の薬剤師は公衆衛生や法律、倫理教育、薬物動態から薬理、病態までカバーしています。日本人は信頼もあるし、幅広い知識があるからこそ世界で活躍できる可能性にあふれています。一方、私たちも、日本にはないことや、日本ではできないことを世界から学ぶことがあります。海外で助け合うことで日本も良くなっていくと感じています。
相手の価値観尊重を
――仕事をする上で大切にしてきたことはありますか。
私が意識しているのは、常に新人であることです。仕事に慣れてしまうと成長が止まってしまうので、やったことのない仕事に挑戦することは大切で、その方が人として仕事の幅が広くなります。
新しいことをやると、その分野ではゼロからのスタートになりますが、それが徐々に経験値として積み重なっていき、新しい仕事でも一気にクオリティが上がります。常に新しいことに挑戦していれば結果として仕事の幅が広がり、大きなことができるようになります。仕事に飽きたことは一回もありません。
――海外で活躍するために必要なことは何でしょうか。
世界を救いたい、発展途上国の人を救いたいという信念や正義感が強すぎると、心が折れてしまいがちです。というのも、例えばキルギスにはまだ賄賂の文化があり、知人の話では、先生に物をあげる代わりにテストに受からせてほしいという依頼もあるそうです。彼らはそれを賄賂とは言わず、助けと言うのです。
これを否定すると、現地の文化を否定することになります。正義感が強すぎると現地の考え方と合わなくなり、心が折れてしまうのです。大事なのは自分の正義論を貫き通すことではなく、現地の人の気持ちを大事にして、自分の手伝えるところだけ手伝ってあげようというマインドだと思います。自分の理念や信念よりも相手の価値観を尊重することをベースにする。それこそが海外で仕事をするコツだと考えます。
――最後に、海外で活躍したいと考える薬学生にメッセージをお願いします。
まず、海外に行くからこそ絶対に薬学の勉強を徹底してほしいです。英語はもちろん大事ですが、そもそも日本の薬剤師として海外に行くのなら、日本の薬学の知識が求められます。日本の薬学教育のレベルは高く、日本の薬剤師は本当に知識が豊富です。これは海外で大きな武器になります。月並みですが、勉強を頑張り薬剤師国家試験に合格することが一番大事です。
それから、一概に海外とひとくくりで考えるのではなく、もっと細分化して捉えることです。先進国の人と発展途上国の人の情報や意見はそれぞれ違います。どこの国でどういう活躍をしたいのかを細かく考えながら、いろいろ調べたり人から話を聞いたりすることが重要です。国まで絞るのは難しかったとしても、先進国か発展途上国かでは全然違ってくるので、それを考えてみると良いと思います。海外で活躍したい薬学生を応援しています。Twitter(@dairi0301)でも海外事業や生活のことを発信していますので、興味があればフォローしてください。