【ヒト・シゴト・ライフスタイル】研究全体の底上げを支援‐人や企業を結び、新しいものを生む リバネス代表取締役社長CKO 井上浄さん

2023年6月15日 (木)

薬学生新聞

井上浄さん

 世界一おもしろい研究所をつくりたい――。そんな思いが起点になって約20年前、東京薬科大学大学院在学中に仲間と一緒に会社を立ち上げたのが、リバネス代表取締役社長CKOで薬剤師の井上浄さんだ。研究全体の底上げや推進を支援する様々な独自事業を展開。現在はグループ全体で国内外に約250人の社員を抱えるまでに成長した。熊本大学薬学部が行うアントレプレナーシップ教育にも関わり、新たなアプローチで社会課題の解決に取り組むことの楽しさや意義を薬学生に伝えている。

原点は「おもしろい研究所を」‐技術の実装や連携を後押し

 リバネスは、ユニークな切り口で事業を展開するベンチャー企業だ。主体的に手がけているのが、科学技術の発展に役立つ研究の推進を底上げする事業。

 例えば、「テックプランター」は、研究者やベンチャー企業が開発する科学技術の種を社会に実装し、課題を解決する新たなビジネスへと成長させることを目的に、大学や大企業、町工場、金融機関等が参加するエコシステムをつくり、研究開発や事業開発などの連携を生み出している。研究者や投資家、企業の幅広いネットワークを持つリバネスだからこそ可能な事業だ。

 各種競争的研究資金に採択されなかった研究者の申請書を集積し、未活用のアイデアを産業視点で企業に評価してもらい技術移転を促す「L-RAD(エルラド)」という仕組みも設けている。

異なる分野の研究者が集まって討議する「超異分野学会」

異なる分野の研究者が集まって討議する「超異分野学会」

 異なる分野の研究者が集まって討議し新たなアイデアを生み出す「超異分野学会」を開いたり、若手研究者や大学院生に使用用途の制限を設けず自由に使ってもらう「リバネス研究費」を提供したりするのも独特だ。中高生が研究成果を発表する学会「サイエンスキャッスル」の開催も手がける。

 事業は多彩で幅広いが、研究推進の支援という軸はしっかりしている。一見すると収益化が難しそうな各事業をビジネスとして成立させていることがリバネスの強みだ。

 同社の創業は2001年。井上さんが大学の同級生と交わした何気ない会話がきっかけだ。

 東京薬科大学に入学し、高学年から取り組み始めた研究の面白さに魅了された井上さん。「世界初を自分の手で目の前で証明できることにすごくワクワクした。研究を一生続けたいと思った」。卒業後、研究者になろうと同大学の大学院に進学。修士課程1年目の時、遊びに来た大学同級生のバンド仲間で東京大学大学院に進学した丸幸弘さん(現リバネス代表取締役グループCEO)に「世界一おもしろい研究所をつくりたいと考えている」と夢を語ると、丸さんも「お前も!?」と同調。池上昌弘さん(現リバネス取締役CFO)も加わり3人のファウンダーで01年12月に事業を立ち上げ、理工系の大学院生ら15人が集まって02年にリバネスを設立した。

 まず始めたのが小中高生を対象にした出前実験教室。若手の大学院生らが講師となって学校に出かけて、実験を通じて子供たちに科学の面白さや魅力を伝える。子供の理科離れを防ぎ、次世代の研究者を育成する目的で始めた。この事業は現在も続いており、これまで20万人以上の子供に実施した。学校から費用を得るほか、理念に共感する企業から教育開発費を得てビジネスとして確立した。

 発足当時、研究好きなメンバーはそれぞれ大学院等で研究に打ち込みながら、毎週日曜日に集まって活動した。「当時はサークル活動の延長のようなものだった。そこから一つずつ前に進めてきた」と井上さんは振り返る。

 発足から数年後、メンバーの一部は大学院を修了してリバネスの専属スタッフとして働くことになり、事業を本格化させた。井上さん自身は大学院で博士号取得後、アカデミアの研究者と兼任。北里大学理学部の助教や講師、京都大学大学院医学研究科助教を務めながらリバネスの経営に関わった。

 創業から20年以上が経過。売上は毎年5~10%ずつ伸び成長している。教育、人材、研究、創業の4領域で多彩な事業を展開。パートナー企業から得る収入が売上の多くを占め、4領域でほぼ等分の収入を得ている。

 「私達はプラットフォーマーだと自認している。次世代の中高生や学校の先生、若手研究者、ベンチャー企業、大手企業などと幅広くつながり、知り合う。その中で人や企業を結びつければ新たな何かが生まれる」と井上さん。

 「私たちの業種は知識製造業で、知識にはベクトルがある。それぞれの知識を集めると、これまで誰もやっていないことを生みだせる」と語る。

 リバネスの社員は七つの事業部に所属する一方、六つある研究センターに自分の興味で所属し、新たな事業開発に取り組む。「社員がそれぞれ自由にやりたいことに取り組んでいる。新しくて、おもしろくて、続けられるもの。守るのはこの三つだけでいい。失敗も数多いが、とにかく試してみる。生物の進化と同じでいろんなものを試し、選ばれたものが生き残る」。常に200ほどのプロジェクトが社内で走っているという。

薬学生向けに起業家が教育‐常識にとらわれず挑戦を

熊本大学薬学部が行うアントレプレナーシップ教育にも関わる

熊本大学薬学部が行うアントレプレナーシップ教育にも関わる

 井上さんは、熊本大学薬学部が行うアントレプレナーシップ教育にも深く関わっている。薬学部1年生や大学院生を対象に、熊本大学教授を兼任する井上さんら起業家が講義で、社会課題の解決に向けたマインドの重要性や具体的なアプローチを熱く伝えるほか、ワークショップで自身の興味や将来像などを考えてもらう。

 この教育は、井上さんが熊本大学に働きかけて実現したものだ。「社会に出て様々なベンチャー企業と話す機会があったが、研究内容についてスムーズに討議できるなど薬学で学んだ幅広い知識が役立っていることに気づいた。薬学出身者の就職の選択肢は限られているが、ベンチャー企業の社長など可能性は他にもたくさんあると実感した」と話す。

 アントレプレナーシップは起業家精神と訳されるが、その範囲は起業だけにとどまらない。薬剤師の業務を切り拓くなど、新たなアプローチで社会課題の解決に取り組む姿勢も立派なアントレプレナーシップだ。

 熊本大学でこの教育を受けた薬学生や大学院生の反応は良好で、「マインドセットを入れるだけで学生は変わると実感した。自分の人生を決める分岐点で、とても重要なことを伝えられている」

 この手応えをもとに今後、全国の各薬系大学で同様の教育を展開したい考えだ。実現には各大学の理解や教員の確保が課題。リバネスの事業に落とし込めるか、可能性を探りたいという。

 井上さんは薬学生に向けて「アントレプレナーシップと薬学が掛け合わさった時に、普通の学部とは違う結果が出ると期待している」と言及。「薬学アントレプレナーとして、常識にとらわれず、様々なことにチャレンジしてほしい」と投げかける。

 リバネスも薬学出身者の入社を歓迎している。修士以上が採用の条件で、同社の3人の代表取締役がそれぞれ採用枠を持つユニークな仕組み。井上さんの担当は、強い好奇心を持つ「好奇心ドリブン」の人材採用だ。



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