SHD取締役で薬剤師の岩出賢太郎さんは、1人で薬局業務をこなす「1人薬剤師」の薬局3店舗を大阪府下で展開している。大手薬局との競争を避けるためニッチな市場を選び、1日の処方箋応需枚数20~30枚ほどの立地で運営する。あえて小規模市場に狙いを定めることで患者対応にも力を入れやすいと考えた。小規模薬局の弱みである人的資源の不足などをグループ内で補い、業務の質を担保する。複数の一般社団法人の代表としての顔も持ち、未病対策や研修会の企画運営にも取り組む。健康相談のために薬局を訪れてもらえる仕組みをつくり、薬剤師の知識を生かせる環境を整えたい考えだ。
患者に安心感、信頼関係築く
SHDは寝屋川市で薬局2店舗、茨木市で薬局1店舗を運営する。全ての店舗を管理薬剤師1人と事務員1人らの必要最低限の人員で運営できる体制を整えた。患者にとってはいつ来ても同じ薬剤師に対応してもらえる安心感がある。通い続けるうちに薬剤師との会話も弾むようになり、健康の悩みを打ち明けやすくなる。自然とかかりつけの関係にもなれる。
岩出さんは「薬の作用や副作用の知識は添付文書を読めば知ることができる。しかし、実際にどのように薬が効き、副作用が起きたのかは、文字だけでは分からない。信頼関係を築くことで、患者さんから教えてもらえるようになる」と語る。同じ疾患や薬でもいろいろな患者から話を聞くことで多面的に理解できるようになる。
大手チェーン薬局の店舗では薬剤師の人数も多く、基本的には担当薬剤師を固定しないため、定期的に薬局を訪れる患者でも関係性をつくりにくい。かかりつけ薬剤師になることの同意を得ても異動で店舗を離れざるを得ない場合もある。
処方箋応需枚数が多く、対応する薬剤師数が少なければ、患者と時間をかけて話しづらい。患者が混み具合を気にして、薬剤師への質問を遠慮するケースも少なくないという。こうした岩出さん自身の経験も踏まえ、現在の店舗運営の方法を考案した。
立地や薬を渡すまでの時間で勝負しても、設備に投資できる金額の大きい大企業には対抗できない。「効率性や利便性以外の部分を軸にして、患者からこの薬局に行きたいと思ってもらいたい。そのためにも勉強を続け、薬剤師としての能力を高めたい」と話す。
患者と接する時間を重視しているが、分け隔てなく全員に時間をかけるべきとは考えていない。「症状が安定していて素早く対応するべき人には素早く対応する。情報提供で症状がよくなる人にはしっかり情報提供する。濃淡が重要だと思う」と語る。
1人薬剤師として働くことで店舗運営に関わるノウハウの全体を身に付けられる。調剤のほか、処方箋の受付やレセコン入力、レセプト請求、売上管理まで経験できる。人的資源の乏しさは弱みだが、薬剤師が在宅医療などで出払う時には岩出さんが代役を務めて、人件費を抑える。SHDの店舗間で経営資源を共有して小規模薬局の弱みを克服する考えだ。将来的には約10店舗まで拡大する方針。
のれん分けで店舗引き継ぐ‐学位生かし研究活動も
岩出さんは2001年4月に神戸薬科大学に入学した。得意の化学を生かしたいと考え、薬学の道に進んだ。当時は就職氷河期で手に職を付けたいという思いもあった。「合理的、現実的に考えて進路を選んできた」と振り返る。
05年3月に大学を卒業し、全国に店舗を展開するサエラ薬局に入社した。小学生の頃から漠然と経営者になりたいと考えていた岩出さん。グループに医療系コンサルティング企業を持つ同社なら経営のノウハウも学べると考えた。2年目には千葉県で館山店の立ち上げを経験し、約4年後には同店の店長に昇進した。
入社後6~7年ほど現場でキャリアを積んだ後、本部に異動した。学術教育課で研修会などの企画、運営に携わった。研究発表などにも積極的に取り組み、年間に5~6本ほど学会発表したこともあったという。サエラ薬局の社長からのアドバイスがきっかけで15年に武庫川女子大学で修士、19年に名城大学で博士の学位をそれぞれ取得した。
学位を生かして研究活動にさらに力を入れたいと考えるようになった。ただ、研究活動そのものに収益を生み出す力はない。経営面のメリットを提示しづらく、全面的な理解は得られにくい。自分の経営する薬局なら研究にも自由が利くかもしれない。サエラ薬局の社長にその思いを打ち明けてみると、サエラ薬局の店舗を事業承継できることになった。
サエラ薬局にとっても、独立希望の薬剤師に店舗を譲るというのれん分けの制度をつくれれば、採用面で独自のキャリアパスを打ち出せるようになる。休眠していた有限会社SHDを店舗の運営企業として復活させてもらい、岩出さんは19年にSHDの取締役に就任。薬局3店舗の運営のほか、のれん分け制度を利用した薬剤師の独立なども支援している。
今後は博士号を生かし、患者の声をもとにした研究を進めたい考え。「現状は薬剤師の説明で予後にいい影響があるかどうかをはっきりと示せていない。薬剤師が患者としっかり話せる環境をつくることで体調がどう改善するか。エビデンスとして示したい」と語る。
薬剤師向けに情報交換の場
19年には薬局の経営者同士の情報交換の場として「薬剤師の“わ”」を立ち上げた。小規模薬局の弱みの一つである情報の不足を横のつながりで補おうと考えた。学術教育課で勤務した経験を生かし、現在は研修会の開催にも力を入れている。これまでに約50回の会を開催し、1回に20~30人の薬剤師が参加する。
幅広い層に参加してもらえるようにノージャンルで旬のテーマを取り扱う。直近では、EBMの考え方やスポーツファーマシストなどをテーマに開いた。参加のハードルを低くするため、1回の費用を1000円と安く設定した。
知人の紹介を受け、21年には日本未病管理学教育協会の代表理事に就いた。未病対策の事業として、健康相談の来局を促す新しい取り組みを構想中だ。金融技術サービス企業コートヴァルタの開発した指輪型ウエアラブル機器「TwooCa Ring」の活用を計画中。世界で初めてバイタルデータ管理とタッチ決済の二つの機能を備えた機器で、同社のプラットフォームを活用し、日常的に薬局を訪れるインセンティブをつくりたいと考えている。
専門・認定薬剤師の知識を生かせる機会を増やしたいと考案した。岩出さんは「知識を発揮する機会がないと評価してもらえない。必要性を地域の人たちに認識してもらわなければならない」と話す。
「薬局は6万軒もあると批判されている。それほど多いなら薬剤師をもっと活用してもらえる環境をつくりたい。1人薬剤師の薬局も同じ考えがベースにある。相談してもらいやすい仕組みをつくりたい」と語る。