安田亘監督に聞く
東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に薬科大学として悲願の初出場なるか。14日の東京都立川市の陸上自衛隊立川駐屯地をスタートし、昭和記念公園をゴールとする予選会に日本薬科大学が挑戦する。今年で創部5年目、チームの実力は間違いなく箱根を狙える位置まで来た。安田亘監督は、「予選会で出場権を取れるかどうか、ギリギリのところ」と見る。黄色のユニフォームが疾走し、名門校との争いを制する。そんな歴史的なドラマが見られるかもしれない。
創部5年目「勝負の年」‐無名ランナーを鍛えて育成
日本薬科大学の予選会での成績は、この数年で26位、21位、18位と年々力をつけており、昨年から今年、急成長した。安田監督は、「昨年と比較して練習の消化率がいい」と目を細める。
中でも下級生の成長が著しい。春のトラックシーズン、1500mの中距離戦線では複数の入賞者を出し、スピードランナーの養成に成功。新たな戦力にメドをつけ、安定して走れる選手が揃い、層が厚くなった。そして夏合宿では、福島の甲子高原、北海道の2カ所、最後は青森県三沢市と計4カ所をまわり、予選会の出走距離20kmを走れるスタミナや下半身を強化。1日30~40kmを1カ月間走り込み、力を蓄えることができた。
箱根の切符を争う位置に到達するまでに5年を要した。実業団の名門「ヤクルト陸上競技部」を長らく率いた実績を持つ安田監督。現在、日本薬科大学陸上部で指導を振るっているのも、“薬科大学として箱根に出場するのに、力を貸してほしい”という同校の依頼に、指導者としてチャレンジしたいという気持ちを抑えることはできなかったからだ。
しかし、大学陸上界では新興勢力である同校。創部当初は選手集めに苦労した。インターハイ出場経験のある選手は名門大学にスカウトされ確保できない。安田監督が全国の高校に足を運び、各校陸上部の顧問にアピールするも、実績ある人材がなかなか見つからない。薬科大学に入ってもらうからには、陸上だけではなく一定の学力も条件となる。集められる選手は、せいぜい5000mのベストタイムが15分台。全国的にはほぼ無名の選手が多い。
さらに、指導し始めると、練習のレベルをどこに設定すればいいかに苦悩した。世界大会に選手を多く送り出してきたヤクルトでの練習内容とは雲泥の差。少しきつい練習をさせるとついていけない選手ばかり。「練習をさせたくても、量や質の面で、どの程度の練習メニューを組めばいいか分からなかった」と振り返る。
試行錯誤しながら、選手に対する指導法を考え、練習での設定タイムを少しずつ、一歩ずつ上げていきながら、ようやく個々の選手の走力が向上してきた。「選手をみっちりと鍛える」という指導法が成果を生み、チーム全体に逞しさが出始めた。
カリウキ、桜庭の2枚看板がチーム牽引
そんな日本薬科大学陸上部に転機が訪れる。前回の予選会では18位と過去最高の成績を残し、さらに主将を務める桜庭宏暢選手が、今年1月の箱根駅伝で関東学生連合チームに選ばれ、薬学生として初めて箱根駅伝に出走した。
安田監督は語る。「最初は学連選抜に大学から1人出場しても……という気持ちでしかなかったが、桜庭が箱根を走ったことで、チーム全員が箱根に行きたいという気持ちが高まっている。日本薬科大学への注目も集まり、周囲からの期待もひしひしと感じている」と、桜庭選手の経験が起爆剤となり、チームを一段上に押し上げる要因になったと分析している。
桜庭選手は主将としてチームを牽引する。指導者の思いを選手全員にストレートに伝えるのは難しい。メッセージを浸透させたい場合に、桜庭選手が監督と選手のつなぎ役になってくれているようだ。
そして忘れてはならないのがケニア人ランナーのサイモン・カリウキ選手。1万m27分台のタイムを持ち、9月に行われた全日本インカレでは、ハーフマラソンで学生チャンピオンとなったトップランナーだ。
「とても真面目で優しい選手。日本語も一生懸命勉強している」と安田監督は評する。1万mのベストタイムでは陸上部の他のランナーと比べた場合に、2~3分の開きがある。それでもチームの仲間と同じ練習をこなしてくれるのが「ありがたい」と言う。
今年の夏合宿ではカリウキ選手が先生役となってケニア式体幹トレーニングを週1回行い、チームの底上げにつながっている。個人としても来年2月の別府大分毎日マラソンでフルマラソンに挑戦するという目標があり、2時間一桁分台を狙わせる計画だ。
実力伯仲の予選会通過へ‐10時間10分台が目標
49校が参加する予選会。20kmコースを12人が出走し、各校メンバー上位10人のタイム合計で上位10大学が本大会への切符をつかむ。ただ今年は例年にない激戦模様だ。
安田監督によると、「シード権を取ってもおかしくない大学が予選会にまわってきている」との見方を示す。山梨学院大学、大東文化大学などの箱根駅伝常連校が同居し、4校程度は力が抜けている状態。「日本薬科大学は残り3~4枚の切符を争う立場」と分析する。
ただ、予選突破できる力は「間違いなくついている」と断言する。昨年の予選会10位の日本大学のタイムが10時間16分17秒で、「練習の消化率を踏まえて考えてもそこは突破できる」と自信を示す。
戦略としてはカリウキ選手が他校の外国人ランナーを引き連れての独走態勢で貯金をつくり、他のランナーは設定タイム1時間1分台の集団走で10位以内を確保するという計算だ。
目標タイムは10時間10分。昨年の予選会では4位相当の高い目標を置く。10人合計タイムでの競争であるため、仮に1人平均6秒遅れると、1分の遅れにもつながる。1秒を削り出す走りが必要になる。「出走するメンバーのうち、1人でも1時間2分かかってもいいなんて思っては駄目。心の油断が一番怖い」と気を引き締める。
さらに健康管理。「夏合宿で頑張った選手の中では、そこでの疲労が抜けていない選手もいる。なんとか当日までに戻してもらえれば」と心配する。これから寒くなる時期に入り、「かぜをひかないこと、全員が元気に走り出せるようにしていきたい」と最後の調整に意欲を見せる。
「一つずつクリアしてきて、ここまで来た。やってきたことを結果に結びつけられるか。誰かがブレーキになっても、それを挽回できる選手が出てきた。あとはやるだけ」と安田監督。箱根初出場という快挙を達成し、日本薬科大学旋風が起こるのを薬学・薬業界が固唾を飲んで見守っている。