東京・目黒の住宅地に佇むアパレルショップ「Panenka(パネンカ)」。中に入ると、洋服とファッションを心から愛する1人の薬剤師が出迎えてくれた。店舗の主であり、店名にもなっているファッションブランド「パネンカ」を立ち上げた横田遼さんだ。派遣薬剤師として都内の薬局で働く傍ら、週末の土日と木曜日のみ店舗を営業している。店内には、横田さんがデザインし、白衣をアレンジしたパネンカの代名詞ともなっているカジュアルウェア「ホワイトコート」が並ぶ。「白衣を医療現場以外で、ファッションとして楽しんでほしいという思いがあります。普段は薬剤師として白衣を着ているので、もっと便利になってほしいと思うところをデザインに落とし込んでいます」と説明する横田さん。自己資金でパネンカを設立して約2年、昨年度にはついに黒字化を達成した。「今がとても楽しいです。まずは自分が楽しんでパネンカを展開していくのが一番大事。今後もこの調子で私のブランドを気に入ってくれるお客さんが増えれば嬉しいです」と、アパレル店長と薬剤師という二足のわらじをマイペースに楽しんでいるようだ。
機能性とカジュアルさ好評‐医療従事者の視点でデザイン
パネンカは、2016年9月にオープンした。医療現場で使われている白衣をモチーフとしてデザインした、機能性と清潔感を兼ね備えたホワイトコートが主力製品となっている。また、手術着から着想を得たワンピース風のコートも女性に人気があるという。店舗販売に加え、全国のアパレルショップ10店舗以上に製品を卸している。
パネンカの服は、横田さんが薬剤師として白衣を着て働く中で、「こんな服があったらいいのに」という素朴な思いをデザイン化している。例えば、薬局で軟膏を練ったり、調剤のピッキング作業をする場合には、白衣の袖が邪魔に感じ、腕をまくって作業をすることも多い。
「ホワイトコートは、あえて八分袖にして、袖をまくりやすくするために色々工夫しています」と医療従事者ならではのデザインが好評のようだ。
ホワイトコートを購入する客は、多種多様だ。花屋やカフェ、書店、美容院などで働く人のスタッフコートとして活用されていたり、企業が見本市で自社サービスを紹介する際に、自社ブース内で社員が着用するユニフォームとしての需要も増えている。「薬剤師が白衣に求めているものが、他業種のニーズにも結果的につながっていました。見本市でのユニフォームについても、Tシャツやエプロンだとありきたりなので、手頃な値段で外見もかっこいいホワイトコートが選ばれているのだと思います」
機能性とカジュアル性が人気だ。
国試合格後、NYで洋服の勉強‐語学力を薬剤師業務にも生かす
「中学生から洋服を選ぶのが好きで、大学生時代は服を大量に買っていました」と話す横田さん。明治薬科大学に進学し、薬剤師国家試験に合格したが、ファッションを学ぶために服飾の専門学校への進学を考えていた。「どうしても洋服の勉強がしたい」と両親に相談。「どうせなら英語の勉強も兼ねて、海外に留学してみたら」との助言に背中を押され、大学卒業後、米国ニューヨーク市へと渡った。
渡米当初は、英語はまったく喋れなかったが、「街中がお洒落で、建物はもちろん、日常生活の中に当たり前のように目を引くようなデザインがありました。行き交う人々も、自由に服を着こなしている人が多かったです」と、大きな刺激を受けた。
午前中に英語の語学学校、午後にアパレル専門学校に通い、休日や空いた時間には、現地のアパレルブランドのインターンに参加する多忙なスケジュールをこなした。「最初は英語で苦戦し、特に専門学校のファッションビジネスの講義は、専門用語だらけで全く分かりませんでした。しかし、約2カ月が過ぎるとだんだん聞き取れるようになりました」
インターン先は、現地の日本人が立ち上げたファッションブランド。ファッションショーでの裏方作業を手伝い、プレゼンテーションの技術、自社ブランドの発信方法など、アパレルに関する一通りのことを実際の現場で学んだ。
2年間の武者修行を終え、アパレルに関する知識や技能、語学力を体得した横田さん。帰国後、薬剤師として3年間、さらに派遣薬剤師として地方の薬局で2年間働き、店舗設立のための資金を貯めた。そしてパネンカを設立し、ファッション展示会に参加することで、パネンカブランドが少しずつ顧客に浸透してきた。
今やパネンカの経営も軌道に乗りつつあるが、今後も薬剤師の業務は続けていく。米国生活で得た英語は、外国人の患者とのコミュニケーションにも生かすことができているという。
「薬剤師としては9年目になりますけど、患者さんから『ありがとう』って言ってもらえるとすごく嬉しいですね」。
これからも薬剤師の視点から、利便性とデザイン性を兼ね備えた洋服作りを存分に楽しむつもりだ。