【ヒト・シゴト・ライフスタイル】世界の頂点に挑み、目標が形に‐薬学生初の競泳五輪選手 松島美菜さん

2020年1月1日 (水)

薬学生新聞


ロンドン五輪競泳日本代表
薬剤師
松島 美菜さん

聞き手・元サッカー日本女子
代表監督
河北総合病院薬剤部長
折井 孝男さん

松島さん(左)と折井さん

松島さん(左)と折井さん

 海外での経験は新たな目標を見つけるチャンス――。松島美菜さんは日本大学薬学部在籍中にロンドン五輪平泳ぎ100mの日本代表に選出され、薬学生では史上初の競泳五輪選手となった。世界のトップアスリートと競い合うことで目標を見出し、世界の頂点に挑戦する楽しさややりがいを感じたという。現在はプールから飛び出し、薬局薬剤師として活躍する毎日を過ごしているが、プライベートで海外旅行に行って自らの視野を広げている。病院薬剤師でありながら、元サッカー日本女子代表監督として世界を知る折井孝男さんを聞き手に、学業と競技の両立やオリンピックに挑んだ思い、海外の人たちと交流することで得たもの、今後の目標などを語ってもらった。

0.02秒差で代表の座に

 折井 松島さんは元競泳選手で薬剤師という立場ですが、水泳を選んだきっかけを教えて下さい。

松島美菜さん 薬剤師。2005年JOCジュニア五輪50、100m平泳ぎで2冠。国内・国際大会で多くの優勝を果たし、12年ロンドン五輪では100m平泳ぎの日本代表として出場。

松島美菜さん 薬剤師。2005年JOCジュニア五輪50、100m平泳ぎで2冠。国内・国際大会で多くの優勝を果たし、12年ロンドン五輪では100m平泳ぎの日本代表として出場。

 松島 ベビースイミングから始めていました。姉がもともと水泳をやっていたので、生まれてすぐにプールに入っていました。小学生の頃はピアノを習いたくて、両親に「バタフライまで泳げるようになったら、ピアノを習ってもいいよ」の言葉を胸に、水泳を頑張りました。バタフライのテストが終わると、なぜか選手コースに転向してみてはどうかというお誘いを受けました。数々の五輪選手を輩出したスポーツ企業「セントラルスポーツ」ということで、両親からもチャレンジすることを薦められ、水泳の道に進むことになりました。

 小学生の時期は個人メドレーとクロールが専門でした。でもバタ足の練習があまり好きではなくて、中学生になる頃からは平泳ぎの選手になりました。

 折井 小さい頃から水泳に打ち込んできた松島さんにとって魅力はどういったところにありますか?

 松島 タイムを競う種目なので頑張れば頑張るほど早く泳げるという達成感ですね。競技者として成長するにつれて、自分が泳いでいる感覚と実際のタイムが不思議とぴったり合うようになりました。

折井孝男さん 河北総合病院薬剤部長、NTT東日本関東病院Senior pharmacist。ハンガリーや西ドイツでサッカーのコーチ研修を修了し、1983、84年に日本女子代表監督。長年、日本のスポーツ界や薬剤師育成、薬学研究に貢献し、現在も多くの学会や国際組織の役員を務める。

折井孝男さん 河北総合病院薬剤部長、NTT東日本関東病院Senior pharmacist。ハンガリーや西ドイツでサッカーのコーチ研修を修了し、1983、84年に日本女子代表監督。長年、日本のスポーツ界や薬剤師育成、薬学研究に貢献し、現在も多くの学会や国際組織の役員を務める。

 折井 競泳の五輪選手になるには高いハードルがあると聞いています。選考基準を教えてもらえますか?

 松島 競泳で日本代表になるためには五輪派遣標準記録を突破し、日本選手権で上位2人に入らなければならない厳しい選考ルールが設けられています。タイムについては調子が良かったこともあり、大丈夫だろうと思っていました。でも、上位2人に入ることがとても難関でした。もともと平泳ぎは日本が得意種目としてきたため、選考会決勝に残った8人の誰が選ばれてもおかしくないくらい激戦区でした。

 決勝で2着以内に入ることが一番の目標でコーチからも「ゴールのタッチに気をつけろ」とアドバイスされていました。その結果、なんとか2着に入ることができました。3位の選手とはわずか0.02秒でタッチの差でした。

 折井 五輪出場を決めたときの心境はどうでしたか?

 松島 感動よりも安心感のほうが大きかったかもしれません。競泳ってゴールにタッチして電光掲示板を見ないと順位が分かりません。本当に結果を見るのが怖くて、ふと見てみたら、2着に自分の名前が表示されていて。とても安心したことを覚えています。1位の選手が私と同じ年の鈴木聡美ちゃんで「やったね」って喜んでくれました。そこから猛練習をして、ロンドン五輪の会場に立ったときに目標としていた舞台に出場できた実感が沸いてきました。

 選考会でも調子は良かったですし、何かのトラブルが起こらなければ日本代表に選ばれる自信はありました。むしろその自信がなければ、3位の選手との0.02秒差をつくり出すことはできなかったと思っています。

国際大会通じ交流広がる‐競技に対する意識が変化

 折井 国際競技大会に数多く参加する中で、各国で友達はできましたか?

 松島 大会の運営に携わっている現地のボランティアの人たちと仲良くなり、素晴らしい仲間ができました。選手とボランティアという関係だけではなく、試合期間を終わってもソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で連絡を取り合ったりしていました。「今度日本に行くよ」「韓国に行こうと思うけどどんな楽しみがあるのかな?」と異文化交流を続けています。

 競技を通して各国に行った経験から、今でもいろんな国に1人で旅することが楽しみになっています。旅の中で生まれたつながりから海外で活躍している日本人のサッカー選手との交流もできました。

 折井 海外の人たちと交流する経験はとても大事だと考えています。私も若い薬剤師が海外でいろいろな経験を積むことに大賛成で、薬剤師の国際組織である国際薬剤師・薬学連合(FIP)の会議にも参加することも薦めています。やりたいことや成し遂げたいことは一人ひとりで違いますが、日本国内で見つけた目標と世界のいろいろところに行って多様な価値観の中で見つけた目標ではどうしても大きな違いができてしまいます。

 松島 水泳を通じて国際競技大会に出場することができ、競技に対する意識が大きく変わりました。日本代表に選ばれたことはすごく誇りでもありましたし、そこで戦いたいと思いましたが、大会に出場してみるとまだまだ世界にはかなわないことを痛感しました。

 それでも世界の頂点に立つ選手のレベルを肌で感じることができたのは貴重な体験でした。横のレーンで世界記録を持つ選手が泳いでいると、超えなければならない存在を意識することができました。形になっていなかった目標もはっきりとした目標になる。日本のトップであったとしても、もっと上を目指せるという気持ちを抱けるようになりました。

 競技環境も日本と海外では大きく違います。日本よりも環境が整っている国、未整備な国があって、優れた部分を上手に取り入れていけば日本の水泳界も進化していけるのではないかと感じました。

 また、環境が整っていない国で競技をする時にも1人の選手として最善を尽くし、活躍しないといけない責任も生まれました。日本に帰ってきたときには、それまで意識できなかった日本の素晴らしさにも気付くことができます。日本にいるだけでは世界のことは分からないし、いろいろな話を聞いたところで現地に行ってみないと感じることはできないと思っています。

各科目の知識つなぎ、国試合格

 折井 薬学部に入ろうと思ったきっかけを教えてもらえますか?

 松島 小学生の時に母から薬剤師を薦められ、高校生になって本気で志しました。中学生の頃にドーピング検査の存在を知り、採取した検体がどこでどう分析されるのか興味を持つようになりました。ドーピング検査施設は国内で一つしかなく、臨床検査技師もしくは薬剤師のどちらかの資格を取得しておく必要があることを知り、薬学部進学を決めました。

 折井 薬学部に入ってからの勉強は大変でしたか?

 松島 薬学の勉強はついていくのが精一杯でした。特に有機化学が苦手な科目でなかなか理解できませんでした。私は2度目の受験で薬剤師国家試験に合格しました。競技との両立で臨んだ最初の国試では残念ながら落ちてしまい、2016年のリオデジャネイロ五輪選考会までは水泳に集中し、その後に薬学の勉強を一からやり直しました。

 最初の受験では各科目に必要な知識をひたすら勉強していました。2度目のチャレンジでは薬理と病態・薬物治療といった科目のそれぞれで異なる知識をうまくつなぐことで薬剤師として必要な知識を習得できることを知りました。1度目の国試で合格していたら、大事なことに気付けないまま、薬剤師になっていたかも知れません。今では国試に一度落ちて良かったと思っています。

ドーピング違反防止へ、選手をサポートしたい

 折井 今は水泳選手を引退して薬剤師として頑張っていると思いますが、これまでの経験を今後にどう生かしていきたいと考えていますか?

ロンドン五輪に出場した時の松島さん

ロンドン五輪に出場した時の松島さん

 松島 五輪選手で薬剤師であるのは自分しかない強みだと思っています。五輪選手で集まったときには薬剤師としての個性を生かせたと思うし、薬剤師という世界で見ると五輪選手であったことの経験を生かせるはずです。薬剤師としては地域密着型の薬局で働けるやりがいを感じています。これまでの経験を大切にしながら、これから自分で何ができるかを模索しているところです。

 興味があることといえば、競技者がドーピング検査で違反にならないようサポートできたらいいなと考えています。最近は薬だけではなく食品のサプリメントを摂取した結果、禁止薬物が検出されるというドーピング事例が多いです。

 選手にとっては最大限の練習に加え、サプリメントに頼ってしまうところがあります。もちろん、選手自身がドーピング違反にならないよう責任を持って気をつけていかないといけないですが、医療者がサプリメントを使用する必要性を選手と話し合い、食事でも必要な栄養素を摂取できることを伝えていくことが望ましいと思っています。

 例えば、プロテインを摂る代わりに食事の中で蛋白質の摂取を提案し、鉄分が必要な女性競技者に対してはサプリメントよりもOTCで医薬品として摂取、もしくは受診勧奨をして処方してもらったほうが安心であることを伝える。元競技者の立場からコンディショニングを行う際に相談にのることもできると考えています。

 折井 最後に薬学生に伝えたいメッセージをお願いします。

 松島 薬学以外でも自分の好きなことを突き詰め、興味分野を探してみるとか、いろいろな世界を見てみるといいかもしれないです。例えば海外旅行に行ってみるのも良いかもしれません。

 日本では“五輪選手・薬剤師”は私1人だけですが、海外では私のような人間は多くいるのが現状です。日本では特別なことでも、海外に出るとそんなに特別なことではない。もっといろいろなことにチャレンジしてみたいと考えることができました。競技を続けている人たちにも競技だけではなくて別の世界を知る楽しさがあってもいいと思っています。

 薬学の勉強は本当に大変なことと思いますが、私は周りの友達に支えられて勉強を頑張ってこられた。薬学生のみんなも助け合って頑張ってほしいと思っています。薬学以外の世界を覗いてみることは人生を生きる上で大切なことであり、より豊かなものにしてくれると思っています。

 折井 とても良い話を聞くことができました。きっと薬学生の参考になると思います。ありがとうございました。



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