オンライン上のサービスで患者は気軽に健康について相談でき、現場を離れざるを得なかった薬剤師にも活躍の場を提供する――。ベンチャー企業のYOJO Technologiesに勤める加藤智之さんは薬剤師免許を持つエンジニアとして、従来の薬局を上回るサービスをオンラインで実現することを目指している。薬局薬剤師として働く傍ら、独学でプログラミングスキルを習得し、縁あって現在の職に就いた。オンライン薬局の機能本格化を目標に、多忙な日々を過ごしている。
独学でプログラミング習得‐患者の声をもとに改良重ねる
加藤さんは北里大学薬学部薬学科を卒業後、ドラッグストアで2年間勤務し、調剤やOTC薬の販売など薬剤師としての基本的スキルを培った。しかし、自主学習し続けていた英語を本格的に上達させたいとの思いが高じて退社し、フィリピンでの3カ月間の語学留学を決断。それが人生の転機になった。
留学先で出会ったのは、海外で生活費を稼ぐ日本人エンジニア。薬剤師ではできない働き方に刺激を受けた。「自分でもプログラミングを始めたい」と考え、薬剤師から一転、エンジニアを目指すようになった。
帰国後は在宅医療に注力する薬局に勤務しながら、独学でプログラミングを学び、複数のウェブサービスを開発。この活動をツイッター上でつぶやいていたところ、YOJO Technologies代表取締役の辻裕介さんから入社の勧誘を受けた。「この人のもとでなら大きなことを成し遂げられそうだ」と考えた加藤さん。大企業に比べると不安定というベンチャーのリスクは理解していたものの、エンジニアとして働けるチャンスはなかなか巡ってこないと飛び込み、2019年12月から業務委託の形で勤務を開始。昨年4月からは正社員としてサービス開発の中核を担っている。
同社は設立から2年半のベンチャー企業で、オンライン薬局「YOJO」を運営している。企業のミッションは「患者満足度世界一の医療機関になること」。壮大な目標を掲げるこの会社で成長したいと考えた。
患者が自分の体質に適した医薬品を選ぶことは難しい。そのため、同社ではLINE上で「むくみがあるか」「汗ばむか」など、複数の質問に回答することで、その患者の体質に合った医薬品を提案するアルゴリズムを開発。アルゴリズムによる提案と患者の回答をリモート勤務の薬剤師が照らし合わせた上で患者へのメッセージを作成。東京・四ッ谷の実店舗に勤務する薬剤師がメッセージをチェックした上で、患者に送信する仕組みだ。
加藤さんもシステム開発に関わった。入社後は、独学で学んだ知識と実務で求められる知識のギャップに苦労することが多かったが、他のエンジニアのサポートを受けながら開発業務を続けている。サービス開始直後はアルゴリズムの精度に課題があったが、患者からのフィードバックをもとに改良を重ね、次第に精度が上がっていった。試行錯誤の連続だったが、やり遂げたときには達成感を得ることができた。
現場離れた薬剤師に活躍の場生み出す
オンライン薬局のシステム開発は、患者満足度の向上だけでなく、薬剤師の新たな働き方を提案できるという喜びもある。代表取締役や実店舗で働く社員などのほか、同社にはリモートで勤務する薬剤師が10人以上いる。その多くが子育てや介護などの事情により現場で働くことが困難な人だ。「育児などで現場から離れざるをえなかった薬剤師は数万人いると聞く。リモート勤務の実現により、このような方々に雇用を生み出せている」と、加藤さん。
システム開発を通じて医療業界に貢献できているという実感が強くなった。やりがいのある仕事として誇りを感じている。
今年の春頃までは同システムの開発に注力していたが、リモート勤務の体制をより整えるため、現在は薬剤師が患者とメッセージのやり取りを行う管理者画面の開発に取り組んでいる。薬剤師が専門性の高い仕事に集中でき、サービスのクオリティ向上につながるような管理者画面を作るという高い目標がある。
現在は漢方の取り扱いがメインだが、6月からは処方薬のオンライン服薬指導を開始。順次、サプリメントやOTC薬の取り扱いも始める予定だ。オンライン薬局としての地位を確立し、実店舗の薬局が備える基本的な機能を網羅するための動きを加速させている。
処方薬の取り扱いを始めるに当たって加藤さんは、医薬品卸売業者とのやり取りも担当した。
多様性が発展の原動力‐視野広げると人生にプラス
獣医になるとの夢が大学受験で叶わず、「浪人したくない」という消極的な理由から、合格した薬学部に入学した。薬学生時代に特筆して頑張った経験もない。今はプログラミングというやりがいが生活を豊かにさせてくれていると実感している。
薬剤師免許を持つエンジニアは異色の存在だ。加藤さんは、薬剤師のスキルにプラスした技能を持つ人が増えることで多様性が高まり、業界が発展すると考えている。「18年のサッカーW杯で優勝したフランス代表メンバーのほとんどが移民かその子供だ。様々なバックグラウンドを持つ人が同じコミュニティに属していることが発展につながる」と語る。
薬学生の卒業後の進路は、薬局、ドラッグストア、製薬企業がほとんどだが、加藤さんは異なる業界でインターンとして働くことを勧める。「学生時代には思いつきもしなかったが、学生時代に様々な業界を見ると視野が広がるので、その後の人生にプラスになると思う」。進路選択に悩む人には、「薬剤師免許を持っていればやり直しがしやすいので、社会に出てからでも進路を考え直すことは十分できる。挑戦した結果がダメでも落ち込む必要はないので、自分が興味のある方向に進んでほしい」とアドバイスを送る。