日本薬学生連盟広報部は、大阪府豊中市で本屋と薬局を融合させたページ薬局を運営している瀬迫貴士さんに、高井薫子(東京薬科大学薬学部2年生)がインタビュアーとなって話を聞きました。独特の観点で薬局を運営する瀬迫さんが現在の進路を選択した理由や自己分析の秘訣を、皆様のこれからのキャリア設計に役立てていただければ幸いです。
薬局の閉鎖的な空間に疑問‐スタバの空気感、秘訣学ぶ
――薬剤師として働きながらスターバックスでアルバイトをされた理由を教えてください。
MRを辞めて薬局で働こうと考えていた頃に、学生時代の実務実習での経験から、薬局は狭く閉鎖的というイメージを抱いていました。次第に人事に携わりたいと考えるようになって、いい空間を作るにはどうしたらいいのかと考えた時に、ふと思いついたのがスターバックスだったという感じですね。ところで、高井さんはスターバックスのスタッフにどんな印象を持たれますか。
――すごくフレンドリーで和やかな雰囲気を感じます。
僕もそれに近いイメージを持っていました。僕の通っていた大学は兵庫県にあり、MRとして配属されたのが宮崎県だったのですが、兵庫県と宮崎県のスターバックスを比較した時に、同じクオリティで同じ空気感が提供されていると感じました。その秘訣を知りたいと思い、スターバックスで働きたいと考えました。
――実際に働いて、どんなことに気がつきましたか。
一番印象に残っているのは、会社の方向性や企業理念をいかに従業員に浸透させるかということに関して、スターバックスではそれが末端まで伝わっているという点ですね。企業理念には創業者や社長の思いがこもっていると思うのですが、何千もの人が働くような大規模の会社になった時に、それを末端まで浸透させることはなかなか難しいと思います。
スターバックスでは研修期間や朝礼で仕事への考え方を共有して、すべての従業員に理念を浸透させているように感じます。組織の運営において目的のすり合わせや理念の浸透が重要だという考え方を育むために、スターバックスはすごくおすすめですね。
新たな挑戦、本屋に価値見出す‐寄り道気分で入れる薬局に
――本屋と薬局を融合させた理由を教えてください。
2017年にキャリアコンサルタントの資格を取得してから2年間、講演の依頼などのキャリアコンサルタントとしての仕事をいただける機会に恵まれていました。そして、薬学生や薬剤師のキャリアにも携わりたいという思いが強くなりました。その気持ちを持ちつつも、自分自身はこのままでいいのかと現状を見直すことが増えて、自分らしい新しい挑戦ができたらなと感じるようになりました。
自分が価値を見出せるものは何だろうと考えた時に、本屋が頭に浮かびました。自分は本屋がすごく好きで価値を感じているということを思い出して、19年の春ごろから本屋に関する仕事を考え始めました。
――本屋のどこに価値を感じているのですか。
本屋に行くと、自分が潜在的に欲している情報が引き出されるところに価値を感じていますね。本屋に行くことで、「あ、自分はこういう本を読みたいのか」ということに気づかせてもらえます。また、そうやって手に取った本から大きな影響を受けることもしばしばあります。
僕は13年にMRとして働き出した時から、週に一度本屋に足を運ぶという習慣を続けています。なぜかというと、当時読んだ本の中に、本屋に行くと世の中の流れや流行がよく分かるから週に一度は本屋に行きなさい、と書いてあったからです。それから4~5年間継続的に本屋に通って、本屋への考え方を整理できたこともあり、それを仕事にしようと思いました。
――本屋と薬局を掛け合わせたことによるメリットを教えてください。
一点目は薬局経営の面で、患者さんに選んでもらえる機会が増えたことです。A薬局、B薬局、C薬局があって、どの薬局も一般的な薬局だがC薬局だけ本を売っていた場合、本が好きな人はC薬局を選びますよね。他にも薬局と何かを掛け合わせる方法があり、例えば野菜を販売している薬局があります。
本屋は気軽に立ち寄れる場所なので、本を買わずに店から出ることもありますよね。本屋を薬局に掛け合わせるメリットは、寄り道気分でお客様に来ていただける点です。基本的に薬局は処方箋がないと入りにくいところなので、本屋と併設することは入店の敷居を下げるのに大いに役立っています。
さらに、通常は薬局でスマホやテレビを見ながら待ち時間を過ごすと思うのですが、うちの薬局では本を手に取ってもらえます。そして、自分がそうだったように、普段本屋に行かない人にも人生を変えるような本に出会ってほしいと考えていて、そのきっかけになれることも良い点だと思います。
本屋側のメリットとしては、薬局では薬剤師がコミュニケーションを取りますが、それによって本屋に繰り返し来てもらえるようになることです。ものを買う時に、誰から買うかは一つの判断基準になりますから、仲がいい店員がいる店に行きたいのは当然の心理だと思います。
また、本屋は気軽に立ち寄る場所だと言っても、本を読む人しか行かないじゃないですか。読書離れが進んでいく中で、薬局に本が置いてあることで普段あまり本を読まない人にも手に取ってもらえるかもしれないので、本との偶然の出会いが生まれる機会が増えることも自分にとってメリットになっています。それをコンセプトにしていて出版業界からも注目していただけているので、薬局と本屋を融合させた経営はうまくいっているのかなと感じています。
好きなこと、価値観、得意なことに着目
――薬学生に向けて将来のアドバイスをお願いします。
将来のことに悩む時期は定期的に訪れるものです。大切なのは、悩んだ時にしっかり考え、それを定期的に継続することです。定期的にというのがポイントで、1回やったことをもう1回やるかやらないかだけでも大きく変わってきます。あの時こうしておけば良かったという後悔が生まれないためにも、悩んだ時にその気持ちを丁寧に拾うことが大切です。
また、1人で悩んでいたら思考停止してしまいやすいし、悩んでいる段階で自分がやるべきことが見えていない状況なので、誰かに相談するのがポイントですね。では、どんな人に相談すべきかというと、しっかり話を聞いてくれた上でアドバイスをくれる人です。
例えば進路について、薬局で働く方がいい、ドラックストアで働く方がいい、病院で働く方がいいなどと言うのは簡単です。しかし、簡単なアドバイスによって、相談者の本当の気持ちに蓋をしてしまう恐れもあります。キャリアコンサルタントやコーチングの資格を持つ方など、丁寧に話を聞き、適切な質問を投げかけてくれる方に定期的に相談することがおすすめです。
また、やりたいことを探すには、自分の好きなこと、価値観、自分の得意なことの三つにバランスよく着目することが大切です。これらは人と比較することで相対的に分かることもあるので、そういう観点からも人に相談すべきですね。相談できる人を見つけるには、まず大学のキャリアセンターに行くという手段があります。
――最後に瀬迫さんが新たに挑戦したいことがあれば教えてください。
もともと本屋を仕事に組み込んだのは薬局に変化を加えたいと思ったからではなくて、本屋が好きだからです。ですから、薬局を軸とした活動ではなく、本屋を軸とした活動に取り組みたいです。
その中でも、本屋の数が減っているという問題に一石を投じたいです。例えば、ある自治体では本屋を誘致したいけれどうまくいかないという現状があります。このような地域に、薬局と本屋の掛け合わせで参入できるのなら地域の方々にも喜んでいただけるのではないかと考えています。また、薬局のことにとらわれるのではなく、地域に本屋が残るような活動を行っていきたいと思います。