一歩踏み出す勇気、伝えたい
透明感のある繊細なギター、アグレッシブなベース、変幻自在なドラムのサウンドにのせて、情熱的なボーカルが歌詞を真っ直ぐに届ける――。昭和薬科大学の卒業生4人で構成されたインディーズ薬剤師バンド「Foot mark music」だ。3人が製薬企業、1人がドラッグストア併設の調剤薬局で社会人として働いている傍ら、自ら作詞作曲を行い、都内を中心に定期的にライブを行っている。大型ロックフェスへの出演を目標に、オーディションにも挑んでいる。バンド名は、自分たちの音色で観客に足跡“Foot mark”を残したいとの思いに由来する。「思い出でも感動でも、残した足跡がその人の新しい一歩につながって、その一歩がまた新しい足跡となってほしい」。その思いは、現役薬学生へのメッセージにも重なる。「自分たちの姿を後輩たちに見せることで、社会人になっても勇気を持って一歩踏み込み、自由にバンド活動ができるということを伝えたい。『自分達も曲を作ってみよう』という後輩が出てくれば、また新しい一歩が踏み出せる。足跡の交流をしていくことが、このバンドの存在意義」と力を込める。
製薬企業や薬局勤務‐社会人でバンド結成
昭和薬科大学の軽音楽部「七面鳥フォークソング部」の卒業生で結成されたFoot mark music。製薬企業で働くMRのKeiさん(ボーカル)、品質保証部門に所属するKaraさん(ベース)、臨床開発モニターのDanさん(ドラム)、薬局薬剤師のKaniさん(ギター)と就職先も職種も異なる4人をつなげたのは、部活で1年に1回開催されるOB・OGライブだ。大学で同学年のKaraさんとDanさんが後輩2人を誘ったのがきっかけだが、3学年以上離れており、部活の在籍期間は重なっておらず、正式にバンドを結成した2016年には全員が社会人になっていた。
社会人とバンド活動を両立していることもあり、全員が一緒になってスタジオに入って練習できるのは月1回程度。「大事なのは気持ちを途切れさせないこと」とメンバーは口を揃える。個人練習はもちろん、時間が合えば一部のメンバーだけで練習したり、作曲したものをLINEにアップロードして4人で共有するなど、スタジオ練習以外のときでも、それぞれバンドに関わることができる時間を分担して増やす工夫をしている。他のインディーズバンドと比べて、ライブの頻度は決して多い方ではない。それでも「バンドとして成長することを楽しみ、観客の期待を常に越えたい」との気持ちはプロのバンドに引けをとらない。
こうしたチームワークの良さがFoot mark musicの音楽性に生かされている。4人の音楽の趣味はそれぞれ異なるが、絶妙に融合して一つの音楽にしていくのが持ち味だ。サウンドの要は、Kaniさんが奏でるエレキギターのテレキャスターによる歪みを抑えて、丁寧に音作りを重ねたギターサウンド。DanさんとKaraさんのリズム隊がテクニカルな要素を入れつつも、しっかりと曲の土台を作り上げ、その上にKeiさんのストレートな歌詞とボーカルで全体的にポップな仕上がりとなっている。
薬学の理論を演奏に応用‐医療人の悩み、歌詞で共有したい
メンバーは医療と音楽に情熱を燃やす個性溢れた人たちばかりだ。「音楽は理屈8割、フィーリング2割」と話すKaniさんは、勉強も音楽もコツコツとやるタイプと自認する。基礎的なコード進行やスケールなど、音楽の理論を本などで勉強した上でギターのフレーズを考えて作曲する。その原点となっているのが薬学の理論。「勉強も音楽も同じで、まずは土台を固めることが大事。全てフィーリングでギターを弾いてしまうと、同じようなフレーズしか出てこない」という。土台を理解できているからこそ、変則的なギタープレイができるという。
Keiさんは、大学生活で培ったコミュニケーション能力に自信があったことと、医師への新薬の処方提案を通じて医療貢献ができることに魅力を感じ、製薬企業のMRとして活動している。声の大きさが自慢で「今に至るまで声量が上がり続けている」とボーカルとしての歌唱力は未だ成長途上にある。作詞も担当しており、「格好つけすぎず、等身大の自分が抱えているエピソードと曲のイメージを照らし合わせている。医療の限界など、医薬に携わっている人が共通して抱える悩みを歌詞で共有したい。新たな一歩を踏み出せるようなメッセージを伝え、業界で働く後輩や薬学生たちの星になりたい」と目を輝かせる。
小学生からドラムを始めたDanさんは、臨床開発モニターで、新卒で医薬品開発受託機関(CRO)に入社後、中途採用で製薬企業に転職した。乳癌を患っていた母親が抗癌剤による副作用で苦しんでいるのを見て、「安全な薬を開発したい」と薬学を志し、念願叶って現在は新しい抗癌剤の開発に携わっている。ドラムプレイも「薬学を考えるときと同様、理論派」だ。他のパートとの調和を意識しながら、盛り上げる部分、抑える部分を考えて適宜、技巧を凝らし、バンドのパフォーマンスを支える。一方で、作曲のスタイルは「いいメロディーが浮かぶときは感情が動くとき」と感覚派の側面も見せる。
Danさんと一緒にリズム隊としてバンドの土台を支えるベースのKaraさんは、新卒で原薬を扱う商社を経て、中途採用で製薬企業に入社し、出荷判定やクオリティー・マネジメント・システム(QMS)に携わる品質保証を担当。Karaさんは担当楽器について、「ベースは薬剤師の歴史と類似性があると思っている。音楽の中で極めて重要なパートだが、薬剤師と同じく重要性があまり理解されていない」と薬剤師の立場と重ねる。
Karaさんのポリシーは、「ベースの地位向上」であり、低音でリズムを刻むだけといった既存の概念を打ち破ることだ。「ベース本来の縁の下の力持ちとしての役割と、固定概念を覆したパフォーマンスは両立できる。貰ったコードは全てスケールを解析し、他のパートの全部覚えた上で、ベースの音を置いていく」とプライドの高さを覗かせた。
仕事も音楽も真剣「欲張っていいと思う」
メンバー全員が集まると熱い議論に発展する。演奏だけでなく、表現方法、ライブでの人の動き、照明と細部にわたって職種や音楽性の違う4人。こだわりも強く、それぞれが意見を主張する。「メンバーの誰1人抜けてもやっていけない」。薬学という共通のフィールドを持つ仲間だからこそ、結束は固い。色々なキャラクターや個性をまとめるのは簡単なことではないが、バンドとしてチームワークを構築できれば仕事にも活用できる。逆に仕事で得たことがバンドに活用される相互作用が生まれ、医師や患者と向き合うときに良いパフォーマンスを生むこともあるという。ドラムのDanさんは「薬学生にはもっと自由な道もあると伝えたい。自分は医薬品開発のプロにもなりたいし、音楽も真剣な気持ちでやりたい。欲張っていいと思っている」と話す。仕事と音楽の両立は難しくても、4人で大きな夢を追いかける。「薬剤師や製薬企業の社員として仕事をしていても、大きな舞台に出られるということ証明できるようなバンドになりたい」。4人が残す“Foot mark”から、薬学生の新たな“Foot mark”が生まれるだろうか。