【ヒト・シゴト・ライフスタイル】自分が進む道は自分で作る‐薬学生時代に起業、5年目迎える NEWRON代表取締役 西井香織さん

2021年9月1日 (水)

薬学生新聞

西井香織さん

 近畿大学薬学部の学生の時に起業した西井香織さん。休学を経て2019年に大学を卒業し薬剤師免許を取得したが、今でも約4年前に立ち上げたNEWRON株式会社で事業を続けている。企業の依頼を受け、新たな製品やサービスの開発に役立つアイデアを若者から引き出す事業など複数の事業を多角的に展開。今年1月には、薬剤師不足に悩む地方の薬局と、全国各地に短期間出向いて働きたい薬剤師をマッチングする「旅する薬剤師」事業を立ち上げた。「自分がワクワクすることをしたかった。自分の道は自分で作ればいい」と前を向く。

若者の声生かし商品開発‐「ワクワクすること」を仕事に

 現在の事業の柱は、グループで対話しながら課題解決に向けた様々なアイデアを生み出す“アイデアソン思考”を取り入れたサービスの提供。若者や消費者を集めて新たな製品やサービスを話し合ってもらい、それを企業の販促や新製品開発につなげるもので、自由に討議してもらい本音を引き出すことが売り。若者の集客方法を考えてほしいと東急百貨店から依頼を受けたり、マイナンバーカード普及のアイデアが欲しいとNTTデータから依頼されたりするなど、大手企業との取り引きも少なくない。

 ほかにも自治体の依頼を受けて町おこしに関わったり、起業家育成研修を実施したり、非常勤講師として大学で学生に教えたりするなど、活動範囲は幅広い。

 起業したのは近畿大学薬学部6年生の時。2年間の休学期間中にプランを練り上げ、現在の会社を立ち上げた。

 「小中学生の時はいじめられっ子で、高校に入っても孤立していた」と西井さん。アトピーや喘息の治療で親身に関わってくれた医療従事者のようになりたいと、薬学部に進学した。

 しかし、大学でも1年生の時に同じテニス部の友人と揉めてしまい、薬学部内で孤立。学内の他学部や学外のサークルに所属したものの、そこでも壁を感じ人間関係をうまく作れなかった。

 それなら自分でやるしかないと新たなイベントサークルを立ち上げた。これがヒットし、0人だった友だちが1000人規模に拡大。4年生の時にはサークル活動を引退し、男性のファッション団体を立ち上げるなど精力的に活動した。

 5年生の時には周囲の学生と同じように就職活動をした。MRが第一志望だったが、インターンに出向いた製薬企業で感じた、ただ指示に従うだけという仕事のスタイルが合わず断念。他の企業でも忠誠心のみを問う面接スタイルに違和感を感じた。

 「入りたい会社がなかった。それなら自分で会社を作りたいと思った」。6年生の春に反対する親を説き伏せて休学に踏み切り東京へ。起業家のシェアハウスに住んで仲間と交流しつつ、有給インターンで働きながら起業のスキルを修得した。

 翌年、ヒッチハイクで東京から大阪へ帰る道中、男性ドライバーに襲われ首を絞められる事件が起こった。抵抗し何とか脱出できたが、死を間近に実感した。

 「首を絞められながら、走馬燈のようにこれまでの人生が脳裏に浮かんだ。いじめを見返すために人生を注いでいたことや、それは楽しいものではなかったことに気づいた。命が助かれば、もっと自分が好きなことやワクワクすることをしようという気持ちになった」

 ワクワクすることを突き詰めた結果、「自分は新しいことが生まれる瞬間が好き。これを事業化したいと考えた」。新たな製品やサービスのマーケティングなどに関わる会社として17年7月にNEWRON株式会社を立ち上げた。

薬剤師を地方にマッチング‐移住促進、新たな働き方にも

「旅する薬剤師」事業を手がける薬剤師のメンバー(中央が西井さん)

「旅する薬剤師」事業を手がける薬剤師のメンバー(中央が西井さん)

 今年1月から開始したのが「旅する薬剤師」事業だ。薬剤師を確保したい地方の薬局と、旅をするように全国各地に短期間出向いて働きたい薬剤師を結びつける事業で、このアイデアは日本海ガス絆ホールディングスが4月に実施した「北陸ビジネスプランコンテスト」で優勝を果たした。

 同社は、薬剤師を確保したい地方の薬局の求人内容を、登録薬剤師にLINEで通知。薬局は、それを見て応募してきた薬剤師の履歴書を確認したり、オンラインで面談したりして採用の可否を決定し、雇用契約や業務委託契約を結ぶ。

 マッチングが成立した薬局から毎月得るサービス利用料で事業費用をまかなう。お試し期間中の現在は利用料を下げており、薬局は1店舗あたり月額5万円を払うだけで済む。派遣薬剤師では行えない事前面談を実施できることや、安価な費用で薬剤師を確保できることが特徴だ。

 この事業を考案したきっかけは、地方自治体の依頼を受け町おこしに関わる機会が増えたこと。薬剤師の観点から地方に人を呼び込むことに貢献できないかと考え、事業化した。短期間でも住んでもらうことで、将来の地方移住先の候補として認識してもらえるという。

 この事業は、薬剤師の新たな働き方の創出にもつながる。西井さんは「私自身、同じ場所で同じことをし続けるのはすごく窮屈。薬剤師が楽しくワクワクしながら働ける場を作りたいと考えた」と話す。

 事業立ち上げ後これまでに120人以上の登録薬剤師を確保。富山、長崎、福井の3県の薬局から求人募集を受けている。西井さんを含め6人の薬剤師が協力して事業拡充に取り組んでおり、事業が軌道に乗れば別会社を立ち上げる計画。登録薬剤師数を500人以上に増やし、1年間で40社と契約するのが目標だ。

ゼロからイチを生み、社会を楽しく

 このほか約2年前から、薬学の研究成果などをもとに美味しくて健康的な食品を開発するヘルシーラボ事業を展開している。

 近畿大学薬学部の研究で、メープルシロップに含まれるオリゴ糖の一種が砂糖の吸収を抑えることが示されたことを受け、食品開発に着手。町おこしの依頼を受けた奈良県宇陀市で栽培された菊芋を使い、砂糖代わりにメープルシロップを用いた菊芋フロランタンを開発した。

 百貨店等で短期間販売してアピールに努めるほか、ウェブサイトで注文を受けている。購入申込者が一定数を超えればメーカーに製造を依頼する受注生産方式を導入し、事業のリスクを抑えている。

 「以前から健康と食に関する事業をやりたいと考えていた。非常勤講師を担当する大学でソーシャルビジネスを教えているが、自らも実践することで、その学びを生徒に伝えたかった。生活習慣病の増加という社会課題の解決に目をつけた」と振り返る。

 薬学生時代に立ち上げた会社は今年で5年目を迎えた。各事業に応じて外部人材を業務委託等で活用し、会社のスタッフは西井さん1人という身軽な組織形態にしているため、運営は順調で借金もない。

 ただ、「会社がどれだけの価値を社会に与えているかという指標は売上の大きさ。その意味で言うと不十分。30代が視野に入る中、力不足を実感することも多く、焦っている」と話す。

 将来なりたいのはシリアルアントレプレナー。新たな事業を次々に立ち上げ、連続して成功させる起業家だ。具体化はこれからだが、美容や健康に関する事業や、楽しく生き生きと働けるように支援する事業、自分自身を好きになれるように支える事業などを頭に描いている。

 起業家として実績や経験を積み、そこで得たノウハウを起業家志望の若者たちに伝える活動にも力を入れたいという。「ゼロからイチを新しく生み出すことで社会を楽しくしたい。自分自身もそれを実践していくし、他の人もそれをできるような環境を作っていきたい」と語る。



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