約2年前に放送されたテレビドラマ「アンサング・シンデレラ」。毎週視聴していた薬学生もたくさんいたのではないでしょうか。今回は、このドラマの医療監修をされた笠原英城さん(日本医科大学武蔵小杉病院薬剤部長)に「医療監修者の仕事を通して感じること」をテーマにお話を伺いました。ドラマ制作当時の想いや裏話から、薬剤師の先輩としての意見まで様々な話を掲載しているので、ドラマを観た方はもちろん、薬学生全員必見の記事となっています。記事は日本薬学生連盟広報部の金久絵理奈(東京薬科大学4年生)がまとめました。
「薬剤師のドラマを」まさか自分が‐放送日は地獄、でも達成感
――医療監修では大変なことがたくさんあると思いますが、やって良かったと思うことはなんですか?
全てが良い経験でした。僕が、重篤副作用マニュアルの作成の仕事をしていた30代から40代の頃に、「死ぬまでに薬剤師のドラマができると良いね。そうしたら色々な脚本を考えてみたいね」と言っていたんです。当時は、まさか自分が関わることになるなんて夢にも思っていなかったです。
この仕事は、辛かったけど楽しかったです。一緒に監修をしていた日本医科大学千葉北総病院薬剤部長(当時副薬剤部長)の實川東洋先生とドラマを見ながら、たくさん連絡を取り合いました。ドラマ放送日の毎週木曜日の夜は地獄でした。でも逆に、最終回が終わった時に、實川先生と電話して泣きそうになりました。もうこれでこの時間がなくなっちゃうんだなと思うと、寂しかったです。大変さもありましたが達成感が大きかったです。
薬剤師は日々の仕事に忙殺されて、なかなかひとつのものをやることがないんです。日々一生懸命やっていますが、形に残るものではないので、今回は非常にいい経験をさせてもらえたなと思いました。
最終回ストーリー提案も幻に‐プレアボイドを取り上げたい
――ドラマ監修中、不採用となった笠原さんの案のうち、どうしても入れたかったものはありますか。
最終回の内容です。ドラマの基本的な骨格は、ドラマ「グランメゾン東京」を手がけた脚本家による台本と、原作のコミックから作られていました。ドラマ制作チームで色々検討して、でき上がってきた文章をわれわれが監修します。しかし、最終回だけは真っ白なところからわれわれが提案したんです。
最終回では、主人公の葵みどりが産婦人科専門の病院へ行ったという設定でした。妊婦・授乳婦への薬物投与は僕の得意分野だったのでテンションが上がりました。気合と期待を込めて考えましたが、結局採用されませんでした。プロデューサーの価値観とは違ったのでしょう。
われわれが考えた幻の最終回は、乳児をかかえるてんかん患者が、母乳をあげたら自分の抗てんかん薬が乳児に悪影響を及ぼすのではないかと心配するストーリーです。
患者は、薬を服用しなければいけない中、授乳したいけど薬の影響が不安で授乳をやめ、泣く泣く粉ミルクを選択するんです。葵みどりが薬袋を持って患者のそばを通った時に、そんな患者の後ろ姿が目に入って違和感に気が付くという動作まで考えていました。葵みどりは外来の待合室まで見ているんだぞという気持ちを込めました。
それでも全く採用されませんでしたから、非常に残念でした。しかし、やっぱりプロデューサーというのは大したもので、色々と俯瞰して上の方から見渡して考えていると思います。良い経験をさせていただきました。
――監修ではなく、笠原さんがドラマを作るならどんなドラマを作ってみたいですか。
プレアボイドを取り上げたいです。プレアボイドとは、薬剤師が薬物療法に直接関与し、薬学的ケアを実践して副作用や相互作用、治療効果不十分など患者の不利益を回避あるいは軽減した事例のことです。
例えば、検査値からロキソニンの急性腎機能障害を見つけたとか、タケプロンを飲んで大腸炎になった初期症状を見逃さなかったとか、色々な初期症状を薬剤師が見つけて救うことができた事例が報告されています。
また、眠れないと訴える患者さんに対して薬を増やすのでなく、少し違う系統のものを提案し、患者さんがぐっすり眠れるようになったというプレアボイドもあります。そういった薬剤師が薬本来のことを提案したことをドラマにして、薬剤師さんかっこいいと思ってもらえるようなドラマを作りたいです。
実際、今回も、ドラマが始まる直前にプレアボイドの話はプロデューサーにしました。プレアボイドのネタはたくさんありますが、ドラマとしては絵になりにくいんだと思います。
病院実習ではチーム医療見て‐自分を演じることも大切
――話は変わりますが、まだ実習に行っていない薬学生に向けて、実習で注目して学んできた方が良いことや、薬剤師の姿として見てほしいところを教えてください。
病院薬剤師と薬局薬剤師の役割は違いますが、それぞれにいいところがあります。まず、病院薬剤師で一番見てほしいのはチーム医療です。病院の薬剤部にはたくさんの薬剤師がいますが、得手不得手があります。コミュニケーションがうまい人、計算が早い人、混ぜるのが早い人、何も得意なことはないけど笑顔が良い人とか(笑)。そういった色んなタイプの人を、病院の医療チームの中でどう生かしているかを見ておいた方が良いと思います。
一方で薬局薬剤師については患者さんとの密接な関わりを感じてほしいです。病院薬剤師は退院した後の患者さんとも関わったほうが良いですが、なかなか難しいのが現実です。退院した後、外来に患者さんが来たときに待合室に薬剤師が行くことは少ないです。
しかし、薬局薬剤師は、3世代くらいにわたって患者さんとお付き合いします。場合によっては、お葬式に行くこともあります。在宅なら、患者さんの生活そのものに関わることになります。ですから、保険薬局では患者さんの生活にどのように関わっていくかを見ておいた方が良いです。どちらにおいても、薬剤師のいい面はたくさんあるので、見てほしいです。
――進路に悩んでいる学生に向けて、何かアドバイスをお願いします。
自分に合った薬局や病院を探そうって就活するじゃないですか。そんなところはまずないです。あったとしても3年と続きません。だって、チームは変わるし、病院長も薬剤部長も副薬剤部長も係長も変わります。新入社員の性格や目標に組織が合わせてくれるわけないでしょう。僕みたいにぺらぺらと喋る薬剤師もいるし、あまり喋らないけれどとてもいい人は世の中にたくさんいます。
一番大事なことは、新人の時は自分で色々なことを考えて、心身共に毎月ちゃんとお金を稼いで、とんでもない調剤過誤を起こさないことが一番大切なのではないでしょうか。そういう薬剤師を演じるのが一番良いです。皆さん、好きな人の前では素敵な人を演じるだろうし、親の前ではいい子供を演じるかもしれないし、スポーツやるときはこの野郎って言って相手を負かすこともあるわけでしょう。皆色々な自分があります。
僕は4回転職しましたが、ここは私には合わないなんて言っていると僕みたいになります。ちゃんとそこをうまく演じれば、そんなことにはなりません。こんなやり方もあるんだなと思って、あまり頑なにならずに実習中に自分に当てはめて応用できれば一番楽しく実習できると思います。
――最後に、薬学生にメッセージをお願いします。
薬業界は狭い世界です。思わぬところで学生時代の知り合いに就職して会うこともあります。横のつながりが強いのは医師の世界も同じですが、良い評判も悪い評判も結構浸透しやすい世界です。また、日々の仕事に追われる中、何か一つのことを成し遂げ、成果物として残るという経験は、とてもいい思い出になると思います。
心身共に健康に楽しく人生を生きられるようなお仕事をしていってくださいね。
編集後記(金久絵理奈)
ドラマ「アンサング・シンデレラ」の放送は私の周辺でも大反響で、大学の授業でも先生がドラマの話をすることが何度もありました。そんなドラマの医療監修を担当した薬剤師の先輩にお話をうかがうという大変貴重な機会をいただきました。制作に対する想いや裏話などを聞くことができ勉強になりました。
まだドラマをご覧になっていない方はもちろん、既に視聴した方も、機会があればドラマを見てみてください。この記事を読んだ上でドラマを見返すと、また違った見え方になるのではないでしょうか。