医療法人徳仁会中野病院薬局
青島 周一
多くの高齢者が患っている関節疾患に、変形性関節症があります。軟骨と、その周囲組織の損傷を伴う慢性疾患で、手、指、膝、腰などの関節痛や、運動機能の障害をもたらします。変形性関節症による疼痛や機能障害に対して、運動療法や理学療法の有効性を報告したエビデンス(臨床研究の結果)は多数あります。しかし、実際の臨床現場においては、適切な運動療法や理学療法が、患者に提供されていないことも珍しくありません(PMID:25952353)
このように、質の高いエビデンスが報告されていたとしても、医療者の臨床行動(プラクティス)に反映されていない状況を「エビデンス・プラクティス・ギャップ」と呼びます。理学療法や運動療法に限らず、薬物療法においても、このようなギャップが散見されます。
例えば、罹病期間の長い2型糖尿病治療患者に対する集中的な血糖コントロール(HbA1c値6%未満)の有用性について、2008年に否定的なエビデンスが報告されています(PMID:18539917)。しかし、米国内科学会が、多くの2型糖尿病患者に対する血糖コントロール目標を、HbA1cで7~8%に設定したのは2018年でした(PMID:29507945)
エビデンスとプラクティスのギャップを短縮するためには、最新のエビデンスを医療者の臨床行動に積極的に実装していく必要があります。このように、エビデンスを日常臨床に体系的に取り入れることを促進し、医療サービスの質と有用性を向上させる方法論を、実装科学(implementation science)と呼びます。
実装科学が注目されるようになった背景には、質の高いエビデンスと言えど、その情報が医療者の臨床行動に実装されるまで、平均で17年もの歳月がかかるという事実です。そもそも、実装されないエビデンスも少なくありません(PMID:26376626)。そういう意味では、新型コロナウイルス感染症に対するプラクティスは、エビデンスが極めて迅速に社会実装された異質な例と言えるかもしれません。
もちろん、エビデンスが示している治療法が、必ずしも人の生活を豊かにするとは限りません。ただ、医療サービスが科学的合理性の上に構築されていなければ、いわゆる「トンデモ」と呼ばれるような医療行為との境界線が曖昧になってしまうでしょう。