【日本薬学生連盟】薬学生に知ってほしい医療と人の生き方‐医療と暮らしを考える会・宮本直治理事長に聞く

2022年9月15日 (木)

薬学生新聞

宮本直治理事長

 今回は「生と死」をテーマに、「医療と暮らしを考える会」理事長の宮本直治さんに、日本薬学生連盟広報部の高井薫子(東京薬科大学2年生)と芝口歩那(東邦大学薬学部5年生)がお話をうかがってきました。宮本さんは薬剤師でありながら、僧侶でもあります。ご自身の経験から紡ぎ出される言葉は、私たちの心に響き、お話を聞きながら泣きそうになりました。読者の皆様にも、何か心に響くものがあれば幸いです。

がん笑い飛ばす患者に感銘‐死を意識し、生き方考える

 ――死生観についてご自身のお考えを教えてください。

 僕は2019年まで大阪の病院で薬剤師として勤務していました。その間、ステージIIIの胃がんに侵されていることが分かりました。手術後の半年間、脱水症状を引き起こすほどの下痢に悩まされ医者に相談したところ、「患者さんによりますし、そのうち治りますよ」と告げられただけでした。

 その一言で悩みが解決するわけでもなく、がん経験者と話そうとがん患者グループ「ゆずりは」を訪れました。そこで経験者に相談すると「下痢?そんなの何年たっても起こるよ!」と笑い飛ばして言いました。この瞬間「なんで良くならないのだろう、僕だけなのかな」「いつまでこれが続くのだろう」と問いを持つこと自体が間違っていたこと、また僕が求めていた答えが医療者の中にはなかったことに気づきました。

 今人生が終わったとして後悔することはなにかと考えた結果、仏教を学ぼうと決意し、それから3年後、僧侶になりました。薬剤師としても僧侶としても活動する中で、多くの患者さんを看取り、そのたびに「次は自分の番だ」と何度も思いました。ですがこう思うほど「死ぬことができる」と思うようになり、気持ちが楽になりました。

 死を意識した時、「どこでどう死にたいか」といった死に方を考えてしまいますが、考えても思うようにいかないものが死です。痛みを感じたくないと言っていても、痛みに苦しむ人もいるし、家族に囲まれて死にたいと思っていても、囲まれずに亡くなられる方だっている。でも思うようにいかないことが悪いわけではないのです。死とはそういうものなのです。

 ですから、死を意識した時に考えるのは、「死に方」ではなく「生き方」なのです。それまでの時間をどう過ごすのか、それだけを考えればいいと僕は思っています。生き方を考えた上で、どこまで医療者に求めるのか、それを自分で確立していくことが大切であり、僕はそのお手伝いがしたいと思って活動しています。

人生は予想外だから面白い‐進学もがんも、今につながる

 ――患者さんと関わる中で「生き方」についてどのように感じられたのですか。

 患者会を運営していく中で、僕は患者さんのためにやっていると思ったことはありません。患者さんやそのご家族からうかがうお話は、知らないことばかりで、生きるとは何かを教えてくれるのです。患者会は、生きているってすごいなと思わせてくれる場所です。

 死ぬことはいくら考えても、どうすることもできないことですから、生きているっていうことがこれほどまでに楽しいことなのかって感じる方が、ずっと価値のあることだと思っています。

 5~6人の患者さんを集めて、命について話す集いをお寺でやっている時に、患者さん同士が「自分の死んだ話」で笑い合っていたんです。きっとその瞬間は生きるとか死ぬとかを全く意識していなかったと思います。そんな瞬間をがんになった人に作れたらいいなと思っています。

 このような活動をしようと思ってしたわけではありません。でも気が付いたらこんな人生を歩ませてもらっています。想像もしていなかった未来がやってくることに気づけたとき、生きていてわくわくしませんか?だから人生って面白いのだと身をもって感じています。

 ――「生き方が大切である」と気づいたきっかけを教えてください。

 ある日、朝日新聞社から僕の文章を新聞に載せたいと電話がきました。『人生において、病気になったという事実を変えることはできませんが、病気になった意味を変えることはできると信じています』。この文章が新聞に載った後、患者さんがその記事を切り抜き枕元においているという話を沢山聞きました。この時に「私はがんになるために生まれてきたんだ。私の人生にはがんが必要だった」と思いました。

 実は、薬学部に進学する前はマーケティングを大学で学んでおり、内定も頂きあとは卒論を書くだけの4年生のある日、母に「薬学部に行くならお金出してあげるよ」って急に言われました。その瞬間は絶対無理だと思いましたが、ある日の朝、何か大きなきっかけがあったわけでもないのに薬学部に進学しようと決めて勉強を始め、無事薬学部に進学しました。

 あの日薬学部に進もうと思っていなければ薬剤師になっていなかったし、がんにならなければ仏法を学んで僧侶になっていないし、今こうやってお話することもなかったでしょう。このようにすべてが今につながっているんだと分かった時、「この人生をどう歩くのか、それだけが私に与えられている課題だ」と気づくことができました。

患者とは人として向き合う‐相手の想い受け止め、尽くす

 ――医療者が患者さんと向き合うときに大切なことを教えてください。

 「四苦八苦」という言葉はご存じですか?四苦八苦とは、「生老病死」に加えて、好きな人に会うことができない「愛別離苦」、嫌いな人に会わなければいけない「怨憎会苦」、欲しいものが手に入らない「求不得苦」、心と体が一致しない「五蘊盛苦」のことを指しています。

 これらの苦は人間にはどうすることもできません。つまり人間の苦は、自分で悩み苦しんで乗り越えていくしかないものであり、誰も代わってあげられるものではありません。

 私たち人間は、予想外の事実に苦しいと嘆きます。「なぜ私が苦しまなければいけないのか」「どうしてこんなに辛い状況なのに生き続けなければいけないのか」と嘆きます。薬剤師を始めとした医療人は、この苦しみに対し何かしてあげたいと思います。当然のことです。

 苦しんでいる患者さんは、その苦しみを自分で乗り越えるという人生の大きな節目を迎えており、普段考えることのないような、大きな問いの前に立たされています。私たち医療人は、この問いの前に共に立とうとするならば、医療人としてではなく、1人の人間としてのあり方を厳しく問われることになります。

 死生観やコミュニケーションを学ぶことで患者さんに寄り添えるのではないか。こんな風に私たちは、簡単に何かに夢を託そうとします。ですが、現実はそんなに簡単なものではありません。じゃあ私たちには患者さんの苦しみを取り除くことは無理なのか。このように考えた時、大切になってくることは、現実を投げ出さずに小さいことでも何かをやり続けることです。

 ――薬学生に向けて何か伝えたいことはありますか。

 学問を学んでいる最中の学生は特に、何かを学んだら、身に着けたら、目の前の患者さんに何かできるのではないかって思うでしょう。ですが、死を前にしては、学んだこと、身に着けたことをツールにすることはできません。ですから、学問だけでなく、人が生きている、暮らしているところへ出ていって、話を聞かせてもらいなさい。患者さんの前には薬剤師としてではなく、人として立たないといけません。学問から得たテクニックでは、患者さんやそのご家族にどう接していくことができるのか、分かりませんから。

 社会に出たら患者さんやいろいろな人からお話をうかがえる機会はなかなかありません。学生時代にうかがえる機会があるならば、とにかく行きなさい。そして何も分からない私に話してくださってありがとうございますと、感謝をしっかり伝えること。すると、患者さんは本当に思っていることを話してくれたりします。いろいろな世界を見てください。

 薬剤師になったら、薬に関する国家資格を持っただけに過ぎず、人間としてはまだ未完成であることを自覚して働きましょう。僕たち薬剤師は薬のことを知っているだけなのです。

 患者さんの生きる意味、目的を見つけてあげようと思ってしまいがちです。ですが、見つけようとするのではなく、医療人としてではなく、1人の人間として相手の想いを受け止め、ただ尽くすことが大切なのです。



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