京都府を中心に約100薬局を展開するゆう薬局は、スポーツファーマシストの活動の場を広げようと取り組んでいる。スポンサーを務める地元のプロバスケットボールチーム、京都ハンナリーズのアンチ・ドーピングを約4年前から支援。同社のスポーツファーマシストがコーチや選手からの薬の相談に対応し、活躍を裏から支えている。こうした活動は、住民に薬剤師の役割を知ってもらう機会になり、地域密着型の薬局経営にも役立っているようだ。
ゆう薬局が1月7日に京都ハンナリーズのホームアリーナである京都市体育館で開いたインターンシップイベントに、元プロバスケットボール選手の村上直さんが登壇。ゆう薬局のスポーツファーマシスト、上堀元気さんとのトークセッションで、プロスポーツ選手を支える薬剤師の仕事、やりがいを薬学生に紹介した。
同チームのアンチ・ドーピング支援を引き受ける上堀さん。選手の服用する処方薬や市販薬、サプリメントに禁止物質が含まれていないかなどを確認し、対応策を提案する役割を担っている。普段は4店舗を統括するブロック長を務めており、日常業務の合間に時間をつくって対応しているという。
上堀さんは2019~20年シーズン中、チームのトレーナーから「選手に処方された薬に禁止物質が含まれている」との連絡を受けた。外国人選手との接触で腫れた村上さんの声帯を治療するための薬だった。
連絡を受けた上堀さんは、命に関わる場合などに例外的に禁止物質を使用できるようになる治療使用特例(TUE)を申請。無事に許可を得てトレーナーに連絡し、いち早く村上さんに薬を服用してもらうことに成功した。「TUE申請の存在は知っていたが対応したのは初めてだった。焦りを感じつつ申請したことを覚えている」と振り返った。
19~20年は村上さんにとって現役最後のシーズン。村上さんは「ドーピング検査に引っかかってしまうと約1年は出場停止になる。そのまま引退する可能性もあった。一方、服薬できなければ命に危険があったかもしれない。命の恩人」と感謝の気持ちを語った。
インターンシップイベントの開催は昨年5月に続いて2回目。参加した薬学生はトークセッション終了後にBリーグの試合を観戦。先輩社員とも面談し、仕事のやりがい、キャリアについて理解を深めた。
ゆう薬局がアンチ・ドーピング支援に力を入れ始めたのは17年頃。同社取締役の船戸一晴さんが、上堀さんから「プロスポーツチームに関わる仕事をしてみたい」と相談を持ちかけられたことがきっかけだった。
スポーツファーマシストの認知度は低く、活用の機会に恵まれないまま過ごしている薬剤師は少なくない。上堀さんの一言をきっかけに、ゆう薬局の会社全体でアンチ・ドーピング支援に取り組む方針を決定。船戸さんは「スポーツファーマシストの資格を生かせる環境を整えたいと考えた」と振り返る。
京都ハンナリーズの担当者に相談し、取り組みが実現したのは19年頃。選手やコーチ、トレーナーを対象にアンチ・ドーピング講義を始めた。過去にドーピング検査で陽性となった事例、気を付けるべきポイントなどを伝え、注意喚起した。現在も年1回のペースでシーズン開始前に実施している。
上堀さんは「選手はドーピングについてある程度の知識はあるが、漠然と危ないと感じていた薬でも、明確にその理由を理解してもらえるようになる」と手応えを語る。
責任も重いが、やりがいも大きい。「プロスポーツ選手にとってドーピングは死活問題。飲んではならない薬を見逃してしまうと、選手生命が絶たれてしまったり、仕事がなくなったりする可能性がある。責任は重いが、信頼の裏返しでもある」と語る。
上堀さんは学生時代にバスケットボールに打ち込み、同年代の村上さんの活躍を大会で目の当たりにした。「高校生の頃に憧れていたプレイヤーに頼ってもらえたのはすごく貴重な経験」と言う。
スポーツファーマシストにアンチ・ドーピング支援を依頼しているプロチームは少なく、専属のスポーツドクターに相談して対応しているチームが多いようだ。
それでもスポーツファーマシストの意義は大きいという。上堀さんは「市販薬には医療用医薬品では扱われていない成分が含まれているケースがある。医師は古い成分に馴染みが薄い。細かい薬の知識を持つ薬剤師だからこそ専門性を発揮できる」と話す。
アンチ・ドーピング支援に力を入れているチェーン薬局は珍しい。直接の収益には結び付かないが、地域密着型の薬局経営に役立っているようだ。船戸さんは「京都の人にゆう薬局を知ってもらえる機会になる。企業価値の向上のほか、地域住民の安心感、健康意識の醸成という点でも活動の意義はある」と語る。